3.
3.
再び、装置が形を変えていく。リヴァイが背もたれの縁を掴み、力を入れて前に倒すように動かすと、金属が噛み合うような音の後に背板の角度が変えられるようになった。そうして、前傾になったハンジが目を丸くするうちに、今度はそれを地面と平行になるまで後ろに倒す。
分娩台の様相を呈していた装置は、脚はそのままに手術台のような見目になり、ハンジは真っ暗な天井を仰ぐ姿勢になっていた。
装置の使用目的を考えれば気味の悪い技術力ではあったが、当然、追究する余裕などない。
いまだに手首を頭上でまとめられているので、折れ曲がっていた胴だけが伸びて、はだけた胸にすうと空気が通る。無防備が増したようで心許なかった。
「……一応聞くが、経験はあるのか」
リヴァイが準備を整えるあいだ、あちこちの作動に一つずつ驚いていたハンジは、かけられた質問の意味をすぐに理解することができなかった。
「? なんの……?」
性行為の練磨についてなら最初に答えたはずだ。問い返すと、リヴァイは仰向けになったハンジの顔の横に両手をつき、装置に乗り上げてきた。その脚で胴体を跨ぎ、ハンジの脇に両膝を嵌め込むように置く。熱を持った股座と裸の胸が、ほとんど触れるところまで近づく。突然の閉塞に驚くハンジを置いて、平静な声は何事もなかったように話を続けた。
「野郎のブツだ。咥えたことはあんのか」
やさしく言いかえられ、おぼろな記憶を探ったハンジはすぐに首を振る。
「う、ううん、ない……。なめたいって言ったら、なんだか、怖がってたから……諦めたよ」
「懸命だ」
言葉こそ相手とハンジどちらに対してかわからなかったが、くしゃりと髪をかき混ぜられる。全身が敏感になっているのか、そんなちょっとの接触すら鋭く神経を刺激して、ハンジの肌を粟立たせた。体はもはや常に震えているような状態で、リヴァイが背もたれの縁に手を置き覆い被さってきただけで、心臓が破裂しそうになった。
「っ……」
「……」
縮こまったハンジに対し、リヴァイはすぐには動かなかった。何かを探るように気配の糸だけを伸ばして、横たわる体に纏わせる。そうかと思うと、
「?っんむ」
身構えが空振りに終わったハンジの隙を突いて、音もなく唇に触れてきた。最初と合わせて、これで二度目だ。
(……好きなのかな、ここ、さわるの)
下唇をはさまれ、ようやく形が変わるだけの力でむにむにといじられる。子どもの手遊びのような軽さではあったが、こうして他人の重たい圧に押し迫られながら自分の体で好きに遊ばれていると、どうしても脳は違う像を結んでしまう。
「……」
ハンジはそうっと唇を開いた。恐る恐る舌を出し、遊び続ける指の表面を、ちょん、と少しだけ濡らす。リヴァイが動きを止めた。吐息が指と口のあいだでわだかまり、空気を湿らせる。あたかも呼吸を交換しているような甘ったるい錯覚を起こしたハンジは、すぐに続く行為に夢中になった。
爪のまわりの丸みを捉え、くるくると舐めまわし、尖らせた唇で指を包み、ちゅ、と吸って口内に迎える。
被さる体がわずかに前に傾き、支えを担った片手が、ギ、と装置を軋ませた。近づいた指をますます飲み込んだハンジは、その固くて繊細な一部がリヴァイのすべてであるかのように、ますます優しく、熱心に舐めまわす。
蹂躙ともいえるやり方で口中を侵した先ほどと違い、指はずっと大人しかった。唾液が好き勝手にまとわりつくのも黙って許して、息継ぎしやすいように、位置を変えまでして。おかげでハンジは、舌での奉仕にすっかり夢中になった。だから、リヴァイが空いた手で服をくつろがせたことにも、まったく気づかなかった。
指がまた舌を挟み、優しく外に引き出そうとする。ともすれば呼吸を阻まれるそんな求めにも、茹だった脳は抵抗さえ覚えない。
ハンジはとろとろと唾液をこぼしながら舌の肉腹を晒した。と、その表面ごと顔に何かを擦りつけられる。湿っていて、どこか癖のある匂いまでするその熱い塊は、大きく、太く、舌のみで覆うのは難しい。先を尖らせて、つつつ、と舐めあげてみると、表面は柔らかくも弾力がある。
塊が動いて、ハンジの口につるりと丸い部分を押しつけた。はふはふと息を吐きながら裏面も使って舌を這わせると、張り出した段差や、ぽこりと浮いた筋、他よりも強く塩気をまとう窪みがあらわになる。
「ぁ、はぅ…♡」
窪みから染み出していたエグみのある液体を掬いとり、口に含んで、味覚の隅々で味わうように喉まで滑らせたハンジは、今までにない衝動に掻き立てられた。溜まった唾液をごくりと飲み干すと、追い立てられるまま塊の先に吸いつき、ちゅうっ、と可愛らしい音を立てる。
「っ」
塊がぶるりと震えて、同時にリヴァイが頭上で鋭く息を吐いた。離れようとする体を察知したハンジは、唇を尖らせて先端を追い、窪みの底にある穴を急きたてるように舌先でくすぐる。
「ぐ、……っは」
「っぷぁ、はぁ。ねぇ、もっと…♡」
さすがにここまでくれば、鼻先に突きつけられたものの正体など明白だ。湿った熱気と独特の臭いを発する、ソレ。男の、――リヴァイの、弱点ともいえる部分。
気づいた瞬間から、ハンジの脚のあいだは一人でに膨んで潤みっぱなしだった。繋がっているわけでもないのに脈打つそこと連動するかのように、男根もピクピクと激しい血の巡りを主張する。
それが嬉しくてたまらない。リヴァイが腰を引けば、空いた隙間に悲しい気持ちが流れ込んでくる。ハンジは苦しい体勢もいとわずに首を伸ばし、熱に唇を近づけて囁いた。
「おねがい、はなれないで……これ、ぜんぶ、感じたい……」
懇願すれば、かすかに、本当にかすかに、獣の呻き声に似たものが降ってくる。耐えているのだろうか。だとしたら痛々しくて、我慢なんてしないでいいのに、とバカになった頭で思ってしまう。
「……っゆっくり、だ」
押し迫る準備を終えたのか、リヴァイが腰の位置を直しながら言った。圧倒的な存在が上から伸し掛かってくる。恐れなどなかった。慎重に進めようという気遣いも透明にして、ハンジは気を逸らせた。
「っ♡ はやく…っ♡」
「ゆっくりっつってんだろ……口開けろ」
「あ、…ッッ♡」
「ゆっくり」などと言いながら、リヴァイはやはりそれを反故にして、口腔の中頃まで一気に入り込んできた。指なんかとは到底比べ物にならない、熱くて太い欲の象徴。皮膚の柔らかさを保ちつつ、血の繊維が作り出す屹立は凹凸を固く浮き上がらせる。
他人がやすやすと侵入できない領域に、他人のやすやすとは明かされない箇所が入り込んでいる。ハンジの場所に、リヴァイの箇所が。未知が既知になる過程よりも、苦しさの予感よりも、やっと自分が施せる側になれるという喜びに胸がいっぱいになる。
「……ふー…」
ハンジの内心など知りようもないリヴァイは、一旦動きを止め、肺を潰すように大きく息を吐いた。表情こそ窺えないが、その全身は必死に鎮静を呼び戻そうとしている。それでいて差し込んだ肉を退かせることはしないのだ。その高慢に、ハンジは心底安堵する。身動きが取れない今、行為の続行も中止もリヴァイの意思ひとつで決まってしまう。
(だいじょうぶだから、……もっと)
唇を窄め、優しくてワガママなリヴァイの分身を甘く吸いしゃぶる。慰めるように、煽るように。誘われてびくびくと脈打つ器官はひたすらに愛おしい。
「っぷ……おぁ♡」
ほとんど固定されている状態でも、うなずく程度には首を動かせる。ハンジは少ない可動域を最大限に使って、リヴァイを喜ばせることに専念した。口で男根を扱くように頭を動かし、唾液をのせた舌であちこちを舐めまわし、尖らせた先っぽでくすぐる。リヴァイもハンジがやりやすいように角度を変えてくれるものだから、ますます愛することに溺れていく。
顔を傾け、頬の裏側に亀頭を押しつけてみると、ぽっこりと浮かび上がったそこをリヴァイの指がなぞりあげた。ゆっくり、かたどるように。
「はっ……だらしねぇ顔……」
「ッッ…♡」
脳髄から背筋を抜けて、腹にまで痺れが走る。なじる言葉を選んでおきながら、リヴァイの掠れて上ずった声はちっとも愉悦を隠せていない。そもそも隠す気なんてないのかもしれない。喉に流れてくる液体は生臭い塩気を持って、雄の欲望をハンジにありありと突きつけてくる。
相手の生の肌に触れながら、「これがお前の熱だ」と、やはり生肌で触れることでしか知り得ない事実を嘲笑ってみせる。それがリヴァイのやり方なのだとしたら、ハンジは長く気の置けない友であった男の新たな一面を知れたことになる。少なくとも、彼が目をかける部下や信頼する同僚、命を預ける上司は知らないだろうことを。
たくさんの期待を含んだ、ただの想像だ。そしてそんなものでも、ハンジをまろやかな頂上に押し上げるには十分だった。また一重、壁が崩れていく。
「ん、あー…♡♡ んぐ、ふ♡♡」
意識して唾液を生み、陰茎に絡ませ、滑りのよくなったそれをじゅるじゅるとしゃぶる。本当は手も使って撫でまわしたいのを、頭の上下と、舌の縦横でなんとか間に合わせる。
「っぉ゛、……ふ」
一連を受けて漏れる声と、血を激らせて震える器官が、ハンジの女の部分をじくじくと甘く攻め立てる。リヴァイ以外の誰かを相手にしていたとしても、こんなに淫らを極めていたのだろうか。リヴァイじゃない男が相手だったとしても、自身の奥に招きたがって、腰をくねらせるようなことをハンジはしていたのだろうか。
もし、そうだとするなら。
(……リヴァイで、よかった)
安堵とも歓喜ともつかない感情に手を引かれ、ハンジは、口蓋の凹凸に亀頭の先端を擦りつけながら囁く。ひどく爛れた声で。
「ね、もっほ、もっほおふ…♡」
「……」
リヴァイは何も言わない。ハンジは熱から顔を引き、自由になった舌で、さらにはっきりと欲望を描く。
「おくまで、きて……おねがい……優しくなくて、いいから…♡」
ハンジの唇のすぐそばで、出口の場所だけを教えられた欲が、そこを通りたいと震えている。それらは実体がないことだけを免罪符にして、先んじてハンジの顔を舐めまわし、素地を整え、これから吐き出すものを肌に染み込ませようとしていた。汚される。外も中も、徹底的に。リヴァイに。
(――私で、きもちよくなって……)
それが、ハンジの望むことだった。
「お前、……」
哀れな懇願に何を思ったのだろうか。リヴァイは細く、長くと息を吐きだすと、
「……苦しいときは、歯ァ立てろ」
低く囁いた。伸びた首筋をねっとりと指でさすられ、「喉を開け」と耳慣れない指示を受けたハンジは、それでも、これから身に受ける行為に一番ふさわしい形をとった。かぱりと開いた洞に向かって、待ち望んだ熱がまっすぐ差し込まれた。
「っ、ぉ゛ぐ」
口腔の一番天井が高い部分、そこを過ぎて、さらに先。舌の付け根を圧迫するように、ずん、と塊が入り込んだ。初めて経験する異物感にすぐに吐き気がこみ上げ、耐えようとすると腹がひくつく。噴き出す涙をこめかみに流しながら、自分の体が示す拒絶をハンジは懸命に抑え込んだ。
「はー…っ」
上から乱れた吐息が降ってくる。リヴァイのものだ。彼はハンジの意思に反して避けようとする頭を手で掴んで固定し、通りの悪い呼吸音だって聞こえているだろうに、構わず腰を前後させはじめた。
ぬご、ぬごっと脳内に音が響くほど揺らされ、生々しい体液と性器の臭いが鼻腔を逆流する。覚悟がなければ、苦痛と片付けてすぐさま遠ざけていた感覚。
けれどハンジはわかっていた。自分の望みを、リヴァイが叶えてくれているのだと。
「う゛ごっ、う……、っっっ!♡」
かぽがぽと、丸い先端が喉の穴に嵌る勢いで打ち付けられる。一方的な動きに翻弄されながらも、苦しくて口を開こうとするとかえって歯が当たってしまうと察したハンジは、唇で茎全体を包むように唇をすぼめた。リヴァイはそれにも興奮したらしく、ますます動きを激しくする。装置が切迫を拾ってギシギシと嫌な音を立てるが耳に入っていないらしい。ハンジもハンジで、自分とリヴァイの分泌したものが口内でぐちゃぐちゃに攪拌されて濁った声とともに外へと漏れていくのでそれどころではなかった。
「は……、オイ、舌動かせ……!」
「っう゛う、あ゛♡」
形ばかりは叱咤をまとって、土台がやわやわと水を吸いきったような常ならぬ声でリヴァイが言った。鼻での呼吸を意識しつつ、ハンジは固まっていた舌を伸ばして突き入れられるものを迎え入れる。広がったざらざらの表面が肉を包み、舌の先端がほんの少しだけ根元に近いところに触れた。対面する体が、ビクン、とひときわ大きく震える。
「てめ…っぐ、ぅ」
「ん゛あ゛っ、ほぁ゛っ♡」
「ふざけんな、この、っ……!」
「!? うぶっ ん゛!」
撫でるとか整えるとか、そういう正の感情とは程遠い荒さで髪の毛を掴まれて、身悶えるようにかき回される。もうこれ以上は入らないと思っていた線を軽々超えられ、いきなり始まった蹂躙らしい蹂躙に、ハンジは目を白黒させることしかできない。
「なあ、正直に言えよ……誰に仕込まれた?」
「え゛、うう゛っ?」
「経験もねぇ女が、いきなり喉まで犯されて、っまともに動けるわけねぇだろうが……」
酸欠の頭に、羞恥で一気に血がのぼった。否定の意味で頭を振ろうとするも、口に食い込んだ杭に動きを制限される。が、ハンジはそれでも必死に表明した。違う、と。
「本当に、……初めてか、俺が」
頷く。
そうだ。正真正銘、
(リヴァイが、君が、はじめてだよ)
「……っ♡」
まごうことなき事実を、自他に言い聞かせるように唱えた瞬間。ビクンッ、とハンジの腹に痺れが走った。ほとんど同時に、リヴァイがハンジの口で陰茎を扱くように腰を揺すり始める。
「ああそうかよっ ハジメテでこんなことされて、かわいそうにな……っ」
「っっお゛♡ あ゛がっ♡」
「はっ! きったねぇ声……! もっと出せオラ!」
「んん゛っ♡♡ ん゛っ♡」
呼吸を奪われ、苦しさに歪んだ目元からは涙と汗があふれだす。必死で息を通す鼻腔さえ圧迫に塞がりそうになって、けれどその苦悶の向こうに、今夜何度もハンジの体を席捲した感覚が腹底からじわじわと湧き上がってくる。頭をわしづかまれて、雄の器官が気持ち良くなるために、玩具のような扱いを受けている。
ハンジの口は今、リヴァイのためだけに、リヴァイのモノで、人生で初めての痴態を演じているのだ。
「う゛ぶ、~~っ♡」
「ハッ……昼も夜も巨人のことばっかくっちゃべってる口が……すっかりバカになっちまったな…♡」
ハンジの内心をリヴァイが正確に推し量れないのと同様に、彼がいま何を考え感じているかなどわからない。それでも、増えはじめた口数は彼の情動の指標になった。荒い息と呻き声、何に対してかもわからない詰りが、ハンジの奏でる滑稽な音を相槌にして室内に散っていく。
「そうだよなぁ、喉まで俺のモン入ってちゃ、賢い舌もまわんねぇよな? ちんこ必死でしゃぶるしかねぇか……♡」
普段のリヴァイからは考えられないような、いや、こういう状況にあってもにわかには信じられない物言いだ。すべてを正確には聞き取れなかったハンジも、かけられる言葉から己の様相がどれだけ酷いものなのかを感じとる。
「う、う゛っ♡♡」
「あーあーわかったわかった、うめくな♡」
リヴァイが姿勢を変えて、ハンジの顔に下腹をすりつけるようにのしかかってきた。下生えが鼻の頭に触れるほど挿入が深まったかと思うと、一番苦しいその場所で動きを止める。
「! いう゛」
「ほら♡ っちんこで喉キスしてやる♡」
「うぶっ♡♡ っかは♡♡」
――キス。
少女でもあるまいに。可愛らしい単語がリヴァイから発せられたことに、ハンジは自分でも意外なほどに反応してしまった。口から喉と脳、そして胸から腹にかけて熱い線が迸り、カクン、と腰が持ち上がる。
「ぅ、!?、ッ♡♡」
何もされていないはずの穴の中がきゅうっと狭まり、胴がくねり、爪先が丸まり、――それはあまりにも小さくてさりげない到達だった。だから余韻はじんわりと薄甘く、ハンジを疲労の底へ突き落とすことはしなかった。かわりに、ゆっくりと降っていく過程で乗り遅れた快感に触れてしまい、体は小さな痙攣を繰り返す。
「ふ、ぅ、っっ♡♡ っ……♡♡」
「……オイ。なに勝手にイってやがる……」
ハンジの単走に気づいたリヴァイが、わずかに腰を引いて言った。昼間には到底聞くことのないような、掠れた声での叱責に脳をかき回される。そこに髪をかきあげる指の感触まで加わり、ハンジの体は終わりを知らずに波打つ。
「っ、っっ♡♡」
「オイオイオイ……」
リヴァイもさすがに驚いたらしい。ごく弱い力で窺うように頭を掴んできたが、ハンジの触覚はそれさえも刺激として受け取ってしまった。
「っ、あ゛っっ♡♡」
「ずいぶん一人で愉しんでんじゃねぇか、ぁあ?」
「はっ、ぁ、お゛め…♡♡」
一層低まった詰りが、全身にピシピシと体に鞭を打つ。走るのは痛みではなく痛みに似た快感で、謝罪を口にしても小さな絶頂は止まらない。
「ッ♡ ふ、!っんう!♡」
「まだ下になんもブチ込んでねぇだろうが……ナニでヨくなってんだお前」
「っ、らっへ、ぇ…♡」
「〝だって〟……、なんだ?」
わからない。低くとも地上から浮いた場所に留められ、降りたくとも降りられないなんて、こんな経験は初めてだった。恐ろしさすら覚えたハンジは、額の上にある熱い手に救いを求めて擦り寄った。リヴァイもそれに応えて優しい愛撫を与えてくれる。涙がこぼれた。
「っん…♡♡」
「……大丈夫か」
頷いたつもりだったが、伝わったかはわからない。リヴァイはしばらく様子を窺うように、ハンジの顔を指先で撫で回した。心地よい感触を瞼をおろして感じていたところへ、けれど、冷や水を浴びせるような一言が放たれる。
「一人で遊べるんなら、〝これ〟もいらねぇな……。見ていてやろうか」
「!? やら、だめ…っ♡♡」
「はっ……そんな媚びっ媚びの声で、ダメはねぇだろ」
媚びている自覚はなかったが、確かに、こんな有様じゃ説得力なんて微塵もないだろう。おまけにこの媚態は肉体から生まれたそのままなのだ。繕うのも馬鹿らしくなって、ハンジは、抜けかけていた陰茎の先っぽを舌先でくすぐった。
「っ!……クソ」
頭を撫でていた手が、髪のあいだにぐっと指を挿し込み、痛みを感じないギリギリの強さでまとめ掴んだ。そうして押し込まれた塊が、また、ハンジの喉奥に到達する。
「お゛…♡♡」
「処女口のくせに、ちんこ頬張って……イきまくッてんじゃねぇよ…♡」
「ぅぷ、んう゛っ♡♡」
「テメェの口マンコが業突く張りなせいで、こっちまで必死で腰ヘコる羽目になってんだぞ…♡ きっちり責任とりやがれ♡」
確かにリヴァイのものだとわかるのに、別人から発せられているような声だ。上ずって乱れて、はあはあと獣じみた息にまみれて、町に暮らす一介の男が滴らせるような下卑た悦びに満ちている。こんな声、きっと、ハンジしか知らない。
「ん゛♡ ん゛ん゛♡♡」
「はーっ♡ はーっ♡ も、いいだろ♡……だすからな♡」
唐突な宣言は、ただでさえ脳の溶けたハンジに直線で意味を届けてくれなかった。リヴァイも返事を期待していたわけではないらしく、性急に腰を動かしはじめる。
「おっ♡ おっ♡っっ♡ ぐ、ぁ♡♡」
「は、はっ!♡ 喉、締めろ……!」
ギシギシと装置が軋む一定のリズムに、自身から鳴る翻弄の音、そして振動が相まって、ハンジもまた甘く小さな頂点に指を立てる。
「っ♡ 出るっ♡♡ くちン中、だすぞっ♡♡」
「っんぶっ♡♡ う゛っぐっぁ♡♡」
喉の一番奥に入り込んだ先端が、そこで動きを止めて、ぐう、と大きく膨らんだ。滾りの噴出を予感したハンジは、喉と、触れられてもいない下腹を締めて、無自覚に吐き出される雄欲を待ち構える。次の瞬間。
「ぐ、ぅ……!♡♡」
「っっ♡♡ ごぁ゛♡♡」
ひときわ大きく震えた肉塊が、ついに、ドプリと粘液を噴きだした。ツンと生の臭いが鼻を抜け、苦しさにむせそうになる。思わず拘束から逃れようとした頭は、しかし片手と体で抑え込まれる。そのまま排泄の穴として留められ、荒ぐ息を頭上にほとんど気を失いかけた。切れ切れのところで欲を吐ききった雄の器官はようやく少しだけ身を引いたが、全身はいまだ口の中だ。
わずかな隙間に空気を通し、ハンジは懸命に喉に溜まったものを飲んでいった。今までになく必死なその様を、リヴァイがじっと覗き込む気配がする。
「……苦しいか?」
「っ、ん゛……くふ、ぅ」
「そうだよなァ、苦しいよな……。こんなことになるなんざ、ちっとも思ってなかったんだろうな、お前は……」
リヴァイの声に、どこか嘲りの色が滲む。無数の小さな泡じみたその嘲笑は、ハンジの痴態に触れておきながら、けれどハンジの上で弾けるものではなかった。
「こんな……クソ野郎を信用して、許したばっかりに、…―かわいそうにな」
「っッ……!」
霧がかっていた意識に、その一言が、ポトン、と冷たい一滴を落とした。
かわいそう。
誰が、何が〝かわいそう〟なのだろう?
まさか、この状況におけるハンジのことを言っているのではあるまいか。だとしたら彼は大バカ者だ。
だって、ハンジはかわいそうなんかじゃなかった。
見返りを天秤にかけて、信頼も信用もしている男との行為を選んだ。施されるものを悦んで受け取った。口に男の肉欲を突き入れられ、好き勝手に使われている現状を、――〝相手がリヴァイだから〟という理由だけで簡単に快感に換えてしまった。
股を盛大に濡らして、体の奥に彼が入って来ることを、今もって求めている。
ちっともかわいそうなんかじゃない。
それを言うなら、断れない状況でハンジの体液に濡れるほかなかったリヴァイだって、同じ悲劇に身を浸しているのだ。その自覚がないなんて、――我慢ならない。
ハンジは、吐き出されたものごと、咥えていた陰茎を思いきり吸い上げた。
「ッ!」
頬の形が変わり、じゅぶぶ、と聞いたこともない下品な音まで立ったが、怒りともつかない感情に塗りつぶされる。ハンジと肌や粘膜を擦り合わせておきながら、自分だけを線の向こうに置こうとするなんて、そんなのは卑怯だ。
「は、なんだ……今さら不満に、っ!」
この期に及んでまだ嘲るような物言いを、さらに口全体を動かして黙らせる。少しだけ歯も当たってしまったが構っていられない。反射でリヴァイが身を引き、口を塞ぐものが外れた。
大きく息を吸い込んだハンジは、眼球が痛くなるほどきつく上を睨みあげると、体液が絡んだ喉でせいいっぱい声を上げた。
「なんで、一方的にっ、辱めてるつもりなんだよ……!」
「……あ?」
「こっちだってさんざん〝気持ちよくなって〟って言ってただろっ! 聞いてなかったのかよ!?」
「聞いてない」
「君が一生懸命腰振ってくれて、いっぱい喋ってくれて、たくさん出してくれて! 私はすごく嬉しかったのに! それを君はっ、……っえ?」
「……聞いてない、と言った」
「え……」
数秒、沈黙が駆け抜けた。リヴァイが、彼にしては珍しく戸惑いを表に出しながら、掠れた声でぽつりと落とす。
「言ってたか?」
言ってなかったかもしれない。直接は。
ハンジは自棄になった。伝えたいことは結局変わらないのだ。
「――うっさいバーカ! こんな貧相な体に興奮して盛っ大に射精した男が、上から哀れんでモノ言うなって言ってるんだよ!」
「俺が下になりゃよかったのか」
「ふん!」
下半身に向かって勢いよく繰り出した頭突きはあっけなく躱されてしまったが、リヴァイはかわりにハンジに顔を寄せてきて、額に、頬に、と口づけを繰り返した。
「わかってる。……悪かった」
「っん……」
人に懐いた獣、あるいは子の頑張りを褒める親のような接触に気が抜けたハンジは、怒りを忘れてほうと息を吐く。半分閉じた目を覗くように、リヴァイが視線を合わせてくる。
「……キタねぇし、クセぇ」
「きみが出したん、だろ……」
「どうだかな。お前の唾液のほうが多いんじゃねぇか」
「どんな分泌量だよ……巨人じゃあるまい、し」
自分で出した単語に、ドキリと心臓が鳴る。
――『いつもいつも、っ巨人のことばっかベラベラくっちゃべってる口が』
聞き間違いや記憶違いではない。鼓膜に張り付いた水膜の向こう、リヴァイのその台詞はやけにはっきりと響いて、今になってハンジの脳裏に蘇ってくる。
どこの世界に、性行為の最中いきなり巨人の話をしはじめる人間がいるというのか。おまけに〝いつもみてぇに〟だ。普段からお喋りの話題に巨人を選ぶような奇特っぷりを持ち合わせ、尚且つその奇特をリヴァイにも押しつけているようなまったくもって普遍的でない存在を、彼が――リヴァイが、ハンジの口を犯しているまさにその時、想定していたということになる。
稀有な特徴を持つ〝誰か〟を指して、下品な様相を突きつけて、貶めて、ぐちゃぐちゃにして。悦楽の末に、リヴァイはハンジの口で果てた。
互いの顔も視認が難しい闇の中で、ハンジはハンジとして、リヴァイに求められたのだ。
(そんなの……)
鼓動が高鳴り、性欲に駆られたときとは別の熱が頭蓋の中にとぷとぷと満ちていく。それはハンジの脳をあっというまに飲み込んで、髄まで沁みて窒息させようとする。
「……っん……うわっ!? なにしてんの!」
ぼうっとするハンジの上唇に、ひたりと何かが触れた。舌の感触とかかる吐息に、リヴァイとの距離がキスのそれになっていることに気づく。甘ったるい誘惑に一瞬だけ沈みそうになるが、ハンジはなんとか顔を逸らした。
「だっ、だめだよ!」
「なぜ」
リヴァイは明らかな拒絶をものともせず、変わらぬ距離で吐息をかけてくる。
「なぜって、」
「今の今まで下のブツ咥えて舐めまくってたんだぞテメェは。同じ人間の別の場所がなんでダメなんだ、むしろマシだろうが」
そうじゃない、そういうことじゃないのだ。
「き、汚いし臭いって言ってたのはどうしたんだよ!」
「間違えるな。俺の出したもんが、だ」
お前じゃない、という意味だろう。こんなふうに気遣いを囁かれて、しかも唇を求められて、陥落しない女などいるのだろうか。ほとほと弱りきって、なのに奔放にもなれないハンジの口から、思わず、湿っぽい本音がまろびでていた。
「だって……任務で、なのに……」
「……」
その指摘に、リヴァイは――何も言わなかった。しばしの無言の後、ふ、と体の上から圧迫がなくなる。途端に冷える肌は望みの方向を如実に表していたが、ハンジは、それを言葉にはしなかった。最良の選択をしたのだ。朝日が昇っても、ただ仲間としての顔で、遜色なく彼に向き合っていけるように。
「続けるぞ」
「……え?」
バサ、と布を捌く音がして、闇の中、うっすらと白が浮かびあがる。リヴァイが自身の服を剥いだのだ。驚く暇もなく、頭上に伸びた腕が倒れた背もたれの縁を掴んで前に持ち上げた。キリキリと金属が巻き上がる音を立てて、緩く傾斜がついた角度まで戻っていく。
装置は再び椅子の形になった。
そしてそれだけでは終わらなかった。リヴァイはさらに二つの肘置きに手をかけると、ぐっと力を込めて両側に押し開いたのだ。必然、そこに止められていたハンジの足も開き、——無防備な脚のあいだを、リヴァイに向かって晒すことになる。
どんな仕組みだよ!と唖然としているあいだに、まさに開かれた場所に、リヴァイが差し迫った。
「ひっ……!」
下腹に押しつけられた硬さが、汚れた喉を震わせる。リヴァイだって、情けないその響きを聞いただろうに。
「せいぜいヤりまくって、笑える報告でも上げようじゃねぇか。……なぁ、〝ハンジ〟?」
あ、と思うまもなく。
リヴァイが、首筋に噛みついていた。