しょうがないよね
強制性交装置のせいだし…な話
しょうがないよね
強制性交装置のせいだし…な話
1.
「キョウセイ……何?」
兵務終了から数刻、地上がすっかり夜に沈んだ時間帯。
内密の呼び出しを受けたハンジはリヴァイの執務室を訪れていた。室内はカーテンを閉めきっているのか、わずかな夜光が差すだけの暗さで、ただでさえ視力の悪いハンジには何も見えない。昼間にはそれなりに通いもする場所だが、今は馴染みからほど遠い雰囲気が漂っている。
加えて、部屋を訪ねた時からずっとリヴァイの表情が窺えないこともハンジに不審な気持ちを抱かせていた。彼は暗闇に全身の半部以上を浸したままハンジを出迎え、灯りもつけずに部屋の奥へと進むと、「来い」とハンジを招いた。訝しく思えど、他ならぬ信頼する仲間の指示である。足元にだけ気をつけて闇の中を歩きリヴァイのそばに立ったハンジは、その背後に椅子のようなものが置いてあることに気づいた。
「なんだい、これは」
「キョウセイセイコウ装置だ」
「キョウセイ……何だって? 装置?」
耳慣れない単語だ。装置というからには作動させるものなのだろうが、意味を汲み取れず聞き返すハンジに「説明が難しい」と相変わらず平坦な声が言う。
「まあいい。座れ」
「座るって、これに?」
「そうだ」
使用しながら明らかにする、ということだろうか。わざわざ人目を忍んで呼び出されたのだ、この装置は兵務に関係する重要なものなのかもしれない。腰かけてみると、椅子の背もたれは頭を包むほど高く、後方にかけて少しだけ傾いていた。座り心地は高価な革張りのように柔らかいが、全体にはこまごまと機械のようなものが出っ張っており、ハンジの脛や腕に当たって硬質な存在を主張している。くつろがせたいのか違うのか、いまいち用途がはっきりしない。
リヴァイが近づいてきて、椅子の肘置きに触れた。キュイ、と特徴的な音を立てながら何かを引き出す。
(ワイヤー?)
この暗さでよく迷いなく操作できるものだ。そう感心しているうちに腕をとられ、手首に何かを嵌められる感触があった
「……リヴァイ?」
返事のかわりに、今度は足首を金属の輪のようなものが囲む。素肌に触れる冷たい感触に戸惑っているうちに、あっというまに四肢に金属が嵌められてしまった。ハンジはようやく慌てだした。
「待ってってば、結局これはなんなの? ちゃんと言ってくれなきゃ怖いじゃないか」
「怖くはない。痛くもな。ただ……」
リヴァイが背もたれの裏に手を伸ばし、何かを操作し始めた。手押しのハンドルを回すような音が鳴り、腕に着けられた金属の輪が動きだす。逆らわずに従えば、両手が椅子のふちに沿って頭上に引っ張られ、そこで動かなくなった。
「え? え?」
無機質な力はなおも止まらず、脚も同様にして持ち上げられる。膝を曲げた形で開脚をさせられ、足首が両の肘置きに留められてしまった。息苦しさと戸惑いが、同時にハンジを襲う。
「なに、……っ!」
開いた口から、思わず悲鳴が漏れていた。一瞬、体に微弱の電気が流れたような衝撃が走ったのだ。驚きから浅くなる呼吸を懸命に抑えて視線を下ろせば、黒い影が胸の上を這いまわっているではないか。リヴァイの手だ。熱い掌がハンジの胸に接し、さらさらとそこを撫でている。ずっと彼の気配しかそばになかったのだ、他の誰かのものなわけがない。
「……もうたってんな」
「え、え? っぁ」
リヴァイの指はハンジの胸の頂点をやすやすと見つけ出すと、いつのまにか硬くしこっていたそこをくりくりと転がし始めた。両手で胸全体をぐっと真ん中に寄せ、二本の親指で乳首を押し、撫でさすり、軽く弾く。
「あ、や、やだ……なん、っ」
ハンジは混乱した。突然そんなことをされた驚きはもちろん、リヴァイの微かな動きになぜか体がいちいち大きく反応してしまうのだ。あちこちの皮膚がざわざわとさわめく。胸の先はじくじくと脈打ち、生まれた熱が重たく下腹に溜まっていくのがわかった。翻弄されながらもやっと「止めなければ」と思考が追いついたところで、ハンジはおのれの両腕が少しも動かせないことに気づいた。
「は、なにこれ……!?」
押せども引けども、強い力で固定されたまま。金属の輪はこれのためだったのかと愕然とする。〝これのため〟——拘束のため。なんの意図かはわからないが、腕も使えず、まるで分娩台の上にいるかのように足も広げられ、完全に拘束されてしまっている。肉体の不自由にぞっと身をすくませたハンジの胸の膨らみを、熱い手のひらが再びむにゅりと動かす。
「やっ……」
「下、何もつけてねぇのか」
「寝る前だったし……というかリヴァイ! なんだよ急に、こんな……!」
蹂躙の手を止めることなく、リヴァイは淡々と口を開く。
「とある筋からの依頼でな。このクソ悪趣味な装置の効果を確かめろとのことらしい」
「こ、効果ぁ? なんの……」
「さぁな。とにかく女を座らせて一晩使ってみろだとよ」
あまりにも雑な指示だ。ハンジの唖然を読み取ったのか、リヴァイが付け足す。
「まあ……キョウセイセイコウ装置だから、そういうことじゃねぇのか」
キョウセイセイコウ。まさか、『強制性交』のことか。性交というからには、二人以上の人間が性行為を行うことになる。二人とはつまり、この場にいるハンジとリヴァイのことか。
なんて酷い依頼だ。人権もクソもない。ハンジは呆れ返った。しかしそんな法外の依頼をリヴァイが、あるいはリヴァイの上——調査兵団の長が受けたということは、頼む形をとりながら実際は〝断れない頼み〟だった可能性が高い。一兵団上層部が逆らえない権限を持ちながら、こんな悪意の粋を集めたような装置を作れるモラルと技術と資金力を持つ人間となると、数はかなり絞られてくる。頭に浮かんだ人物をあらんかぎりの語彙で罵倒しつつ、ハンジはそれでも身を捩る。爪が咎めるように頂点を引っ掻いた。
「あっ、……ちょっと! 断れない依頼なのはよぉくわかったけど、どうして私なんだよ!」
「先方から指定があった。決まった相手がいなくて口も固い、他人が妙な役を負わされて嫌な思いをするくらいなら多少の我慢でそれを肩代わりしちまえる女、だとよ」
「はあぁ?」
その言い分だと、ハンジが直接指定されたのか、はたまた指定の条件に当てはまる人間がハンジだったのか曖昧なところだが、その違いが結果に差を生むことはないのだろう。
確かに、ハンジに決まった相手はいない。調査兵団とは上に行けば行くほど契りに割ける余裕をなくしていく場所だ。ハンジも例外ではないし、リヴァイもおそらくそうだろう。
確かに、ハンジは口も硬い。知りたがりが情報を得るとき、積み重ねた信頼が必要な場面は意外と多い。というか、たとえ依頼という形だとしても仲間がこんな正気を疑う案件を噛まされた時点で他人にべらべらと話せるわけがない。リヴァイもおそらくそうだろう。
確かに、ハンジには、可愛い部下や同僚が恥辱に震えるくらいなら多少の我慢をしてでもそれに代わろうとするところがある。自己犠牲ではない。矜持だとか名誉だとか、失くして困るものを多くは持たない自分が身を投じるほうが、物事がつつがなく進む場合もあると考えているからだ。
リヴァイも、おそらくそうだろう。
この男のことだ。断れない依頼を、そしてハンジに当てはまるばかりの指定を前に、きっと相手役として「自分がやる」と名乗りでたのだろう。運も要領も悪い二人が揃った結果、こうなることが決まってしまったというわけだ。
「……ああ、もう……」
強張っていた体からふっと力が抜ける。
「その依頼、もちろん見返りはあるんだよね?」
一拍置いて、「ああ」と答えが返ってくる。
「兵団宛だが」
「十分だよ」
「こっちは必要かはわからないが、この装置の仕様書もくれてやる、と」
「え! 本当かい!?」
「破ったら軍法会議でこの椅子に座らせてやれ」
仕様書、すなわち、この装置の材料や仕組みも書かれている。先ほどから気になっていたことだ。ハンジの肉体は意思とは関係なく感覚を開かれ、装置が目指すところの性交に向かわされている。『強制性交』なんて悪趣味な名前からして、この椅子が作用している可能性は高い。
要因はなんだろうか。匂い? 微弱な振動?
目の前のリヴァイにはハンジのような変化が見られないので、肌に接している金属部などから何かが流れこんでいるのかもしれない。
装置が今後どのように使われるのかには露ほども興味はないが、人間の精神活動に影響を与える技術はぜひ知りたい。兵士たちの安定にも貢献できるかもしれない。
「……協力に同意した、ということで、いいな」
ハンジの興奮は、外からみれば掌を返すようなものだっただろうが、目の当たりにしたリヴァイは呆れるでも見下げるでもなく、やはり平坦に言うだけだ。
この男のこういうところが、とハンジは思う。暗くて互いの顔すら見えない部屋も、無駄話も起伏もなくさっさと行為を進めようとする進行も。今の今まで、ハンジの名を呼ばなかったのも。
きっと日が昇った後に何も残さないための、彼なりの気遣いなのだろう。立場上遂行せざるを得ないクソみたいな任務において、ハンジのために、そして互いの今後のために精一杯のことをしてくれていたのだ。
「性交だから、挿れるんだよね、君のものを、私の、……中に」
「ああ」
ほんとうに、運も要領も悪すぎる。自嘲し、笑みを食い締めて、ハンジはそれを飲み込んだ。
「……わかった、協力する。お手柔らかに頼むよ」