3.
3.
指の次ときたらアレが来るはずだ、とハンジは思っていた。というか、エッチの順序なんてそれしか知らなかった。
だから、上に被さっていたリヴァイがハンジの髪をさらさらと梳いてそのまま頭を引き寄せた時、ハンジは少しだけびっくりした。鼻と眼鏡がぶつからないように顔を傾け、唇より先に舌で触れられる。慣れた口は当然のようにそれを招きいれてしまう。
「ん、ん……っ❤︎」
これで何度目のキスだろう。この息を塞ぐ行為をリヴァイは息継ぎのように何度も繰り返している。そのたびに応えるハンジが、苦手にしていたキスに早々に慣れていくのも当然のことだった。舌をくるくると絡み合わせ、捏ね合い、声と呼気を飲み込み合う。二人の濡れた境目にあっという間にわだかまっていく唾液を、じゅる、と音を立ててリヴァイが吸った。
「……キス、好きか」
「うん……きもちい……」
素直に『気持ちがいい』と口に出すと、体もそれを追うのがわかる。直接的な快感だけでなく、脳と喉を震わせて生むその言葉にも頭から足先まで溺れていく。
「お前ちゃんと才能あるぞ。もう上手くなった」
「ほんと……? リヴァイもきもちいい?」
「ああ」
下腹がきゅんと切なくなる。自分を気持ち良くしてくれる相手がハンジに触れて気持ち良くなってくれる、それがこんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。知れてよかった、とハンジは思った。
ハンジが満足そうに微笑むと、リヴァイは緩んだその頬をひと撫でした後、ハンジの体中で一番濡れている場所に手を伸ばした。谷間に添えられた指がぬちりと音を立て、そこをくすぐる。
「ふぅ、っ❤︎」
「ハンジ。これからここにもキスしてやる」
「は?」
休憩にキスを挟んだとしても指の次ときたらまず間違いなくアレが来るはずだと思っていたハンジは、リヴァイが自分の両脚を押し広げて真ん中に顔を埋めた段階で、ようやくそれが誤った認識であることを知った。
あらぬところに、唇が近づいていく。抵抗を考えたのは一瞬だけだった。可愛がられた脳と体は、リヴァイがハンジの嫌がることをするはずがないことをもう十分にわかっている。恥ずかしさはあったけれど、それだってあんなものの見せ合いっこまでしておいて今更だと開き直った。ハンジの学習に気づいたリヴァイは一言「いい子だ」と褒めると、先ほど指を食った隙間に新しい餌を差し出した。
すれ違いざまの会釈に似ている、軽いキスをひとつ。それだけで指を受け入れるのとはワケが違うと悟ってしまう。ビクリと震えた脚を撫でて落ち着かせると、リヴァイは顔を傾けてハンジの縦筋に何度もキスを繰り返した。まるで二人の最初のキスのように。
「ん、ん、ぅ」
気持ちいい、とは言えなかった。何が何だかわからなくて、上手く当てはまる表現を見つけることができないのだ。肌に触れている物をどれだけ認識できるかは、体の部位によって大きく違う。手と唇が一番認識しやすいんだっけ、だからリヴァイはこんなにキスするのかな、とハンジはつらつら考える。手や唇で触れるということは、相手をより深く知るための重要なセクションなのかもしれない。
そういえばリヴァイはさっき、大人のハンジの匂いや味までも……
「ぅひゃあっ!?」
ハンジの意識が逸れていることに気付いたのだろうか、啄ばむ動きで敏感な場所に触れていたリヴァイが、一転して舌を使い始めた。ぽってりと重たい全体を下から上にと舐められる。強いて例えるならば皮膚を一枚剥いで舐められているような、妙な感覚がさらに深まっっていく。
ハンジは思わず爪先を突っ張り、布団の上をリヴァイの舌から遠ざかるように滑ろうとする。当然、リヴァイはそのことに気づいた。
「……慣れねぇとヨくないよな、これは」
「ふ、ぅ、……そう、なの?」
ということは、慣らす気なのだ。どうするつもりなのか顔を上げて見ていると、リヴァイは先ほどしたように指をゆっくりとハンジの中に進めてきた。異物感はあったが、それもただ『気持ち良くしてくれるもの』として奥へ誘うための標にしかならない。
ナカの動きに反して、指は入口の少し先で進行を止めた。そしてくるりと上下を入れ替える。腹側の粘膜をトン、と抑えられた瞬間。
「……っ!?」
電気が走るのとは違う、体の芯をやわく揉まれる錯覚に包まれた。
「痛かったか」
「……ううん、ちょっと……びっくりして……」
何だろう、今の。
ハンジの下半身は制御不能の緩やかな緊張と弛緩に震え、リヴァイの指を食い締めるナカだけでなく後ろの孔までもきゅうきゅうと轟いている。
指はまだ上向いていた。リヴァイと目が合う。彼が、瞼の微動だけでふと笑った。
「ふわぁ!? あっ、あっ❤︎ りばっ、まっ……❤︎」
突然だった。「痛くない」という回答を得たリヴァイが、「だったら」とばかりにそこに触れる。次第に間隔を短くしていきながら与えられる気持ち良さは、どこかで抜くこともできずにハンジの胎内に蓄積していった。背中が反って宙に浮く。リヴァイが腰を掴んで支え持つ。逃げられない。
ハンジの手も足も、布団の上をのたうちまわって限界まで五指を丸めた。
「あっ❤︎ あま、まってぇ……でっ、」
頭の中を快感に優しく掻き回されながら、それでも言うべきか否かを迷うだけの理性は辛うじて残っていた。恥ずかしいところを見せ合っても戸惑うラインはある。
──『出ちゃう』なんて、言えるわけがない。ましてや『何が』なんて。
けれど言わなければ、リヴァイは指を止めてくれない。このままでは目の前で粗相をしてしまう。人に迷惑をかけることが日常茶飯事のハンジでも、シモのことについて、しかもリヴァイを煩わせることだけは嫌だった。
ハンジは唇を噛み、覚悟を喉に溜めた。
「り、りばいぃ、でちゃ、から……!」
「何が」
「お……しっ……、から、とめてっ❤︎」
「……ああ」
喘ぎながらの不明瞭な制止でも、リヴァイは頷いてすぐに動きをとめてくれた。ハンジははあ、と大きく胸を上下させながら、ゆるゆると遠くなっていく決壊に安心した。
挿れてと強請ったり、やめてと懇願したり、言われる方にはさぞ面倒な相手だろう。なのに、彼の言動のひとつひとつにマイナスの空気は少しも漂っていない。甘やかされている、と思う。これ以上ない幸せだった。
幸せついでにトイレに行かせてもらおう、というか夢の中でトイレしたら現実でどうなるのかな。などと考えながら、ハンジはくたりと力の入らない腕でどうにか起き上がろうとした。
が、叶わなかった。
「!? なにっ……ひっ!❤︎」
ハンジの股座に、彼がまたも口をつけていたからだ。しかも指を埋めたまま。くちくちと音を鳴らしながら浅い部分まで進み、あんなに必死で触るのを止めてくれとお願いした部分を撫で押しながら退いていく。と同時に、もう片方の手が閉じようとする入口を割り開き、舌が指と粘膜との境目をべろべろと舐めまわした。
「やらっ❤︎ なにそれ……! いっしょだめ、やめ、てぇ❤︎」
あの感覚が近づいてくる。リヴァイが口を離して息を乱しながら言った。
「出していいから、そのまま体伸ばしてろ」
「ぅそ、はっ、う❤︎」
拒否しているはずなのに、ハンジの喉から飛び出てくるのは高くて甘い声だった。先ほどとは違う、気持ちよさに切迫を加えた凶暴な波が襲いかかってくる。ジタバタと暴れる脚を片腕でがちりと抱え込んだリヴァイが、締め付けと緩みの間隔を短くしていくその場所の少し上、尖った芽にちゅう、と吸いついた。
「あっ、ーーっ!❤︎」
我慢の糸はあっさりと切れた。下腹に溜まっていたものがぴゅくりと勢いよく漏れ出てる。リヴァイが指を動かすのをやめないせいで、一度解放を得た水分は何度かに分けて噴き出すことを繰り返した。
「ひ、ぅあ、あ……❤︎」
先ほどの内側で弾ける快感、それとはまた別の、体の輪郭がどこかへ飛んで行ってしまったような気持ちよさ。ハンジの眼裏で光る白さえ優しい。
「まだ出る」
朦朧とする意識の中で聞いた声が、例えば止まらない粗相を面白がったり咎めたりするものであったなら、恍惚に喘ぐハンジの脳内はすぐさま羞恥と怒りに満たされリヴァイの顎に蹴りを入れていただろう。
しかし彼は真剣だった。ハンジのそこから生まれ続けるものを浴びて掌どころか腕や脚までを濡らしながら、真剣に、熱を溜めた目でその様子を見つめていた。いっそ滑稽なほどに。
「りば……もっ……でな、よぉ❤︎」
「……みてぇだな」
切れかけのシャンプーボトルの最後のワンプッシュ、とばかりに腹の裏を一度だけ押して、少量の残滓と一緒にリヴァイの指は出て行った。涙の浮いた目でその行方を追うと、短い爪の先から手首までびっしょりとまとわりつくハンジの体液を彼は何のためらいもなく舐めとっている。
こんなに恥ずかしい行為を、彼は何年も大人のハンジと積み重ねてきたに違いない。乱れっぷりを想像してハンジは余韻以上に背筋を震わせた。
「潮吹いたのは……初めてだよな。小便じゃねぇから安心しろ」
「しお……? おしっこじゃないの……?」
「ああ。便所行く度にこんなになってちゃ大変だろ」
やはりどこかが微妙に引っかかる理屈をこねながら、潔癖症の気があるリヴァイがそう言うのならそうなのだろう、とハンジは納得した。キャパ以上の気持ち良さに思考力が低下している自覚はあったが、どうしようもない。
「疲れたか?」
目元の温度を下げることなくリヴァイが言う。ここで「ううん」と答えればどうなるか、そういうことは何となく察せられた。
「うん……ちょっと……」
「少し休むか」
やめるか、との提案は存在しないのが恐ろしい。
リヴァイは先ほどと同じようにハンジと並ぶ形で寝転がり、濡れ手で構わず汗の浮く肌を撫ではじめた。ハンジも彼に向き合おうとするも、体を横向ける力さえ入らないことに気付いて愕然とする。「そのままでいい」と言われて再び天井に目を戻したハンジのすぐ隣で、低く掠れた声がする。
「お前の好きなこと全部してやろうかと思ったが、やっぱりガキの体はもたねぇか」
「す、すきなこと」
「色々あるぞ。69だとか俺を顔に跨らせてイラマだとか玉イキだとか、一緒に触り合ったりバイブいれてケツを叩」
「あっもういいです」
「そういやこの夢、ローションは出てこねぇのな」
「いいっていってるじゃんか!」
ハンジにはわからない単語がすらすらと飛んできたが、全て忘れることにした。挙げられた方法で可愛がられるよりは、今はまだ知らない方が幸せな気がしたからだ。
温かい胸に引き寄せられてゆるく抱きしめられたハンジは、やっぱり正解だったと安心して目を閉じた。
**
大人のリヴァイは機を見極めるのが上手だ。
達した余韻が強すぎて敏感な場所に触れられるのが辛いあいだ、年長者がうんと年下の子どもにするようにひたすら頭を撫でてくれていた。性的なものを完全に取り去った手つきで。
そしてハンジの熱が弱火に……それでも消えはしない大きさになったところで、その手はようやく違う動きをし始めた。
眼鏡のズレを治して、頬を包んで、唇をひたひたと抑え、ハンジが口を開けると去っていく。指先を首と鎖骨で遊ばせ、胸は本当に触れるか触れないかの間隔で撫でさする。手の甲で腹を堪能する。舌はずっとハンジの耳の硬い部分を舐めている。
息を落ち着けている最中、ハンジの脚に擦り付けることで唯一いやらしい気持ちとの繋がりを解かせなかったアレを使って、太腿に濡れた軌跡を残す。
「ぁ、ん……❤︎」
「すっかりイイ声になったな」
終わる頃にはもう、ハンジの体は次に備えさせられていた。
起き上がったリヴァイが、先ほどと同じ体勢でハンジの両脚を開く。濡れ方を確かめるようにぴたぴたと入口を触り、今度は幾分か無感情に指を入れてくる。ほぐれ具合を見ているのだ。
「二本入った」
「……ほんと……?」
中で指同士を擦り合うように動かされ「ほらな?」という確認に喘ぎ声で応えると、彼は二、三度それを繰り返して外に出て行った。閉じようとする場所を、すぐに大きな熱が塞ぐ。
ああ、はいってくる。
「挿入れるぞ」
「ん……あ、そのまま……?」
ハンジの秘部にぴたりと添えられているものは、何もまとわず、リヴァイの下腹の肌からひとつづきに飛び出していた。
「にんしん……」
「しねぇよ。夢だぞ。だが、ちゃんと確かめたのは偉いな」
まさに避妊具をつけず挿入しようとしているくせに何を言っているんだろう、この人。ふっと湧いた冷静な感想も、「褒められて嬉しい」という喜びにかき消された。
ハンジの頭は快感で大概馬鹿になっていた。
てっきり指のようにするりと潜り込んでくると思っていたソレは、予想に反してじわじわとハンジの中を蹂躙しはじめた。ゆっくり侵入してきたと思ったら、同じ速さで腰を引いて抜いてしまう。その繰り返し。けれど単純に同じ動作かと思えば、一度目よりも微かに深く、二度目よりももう少し深く、と徐々に開いていく。
ある程度まで来たところで、リヴァイが大きく息を吐いた。
「……だいじょうぶ……?」
「ああ、心配するな。お前は? 痛くないか?」
「ううん、ぜんぜん」
不思議だった。異物を受け入れている感覚もしっかりとあるが、それまで痛みしか感じたことのなかった場所が、今はただ熱に触れて、圧迫されて、喜ぶように震えている。痒みになる前のようなざわりとした予感さえあった。
……一気に欲しいな。
そんな欲望を抱いたことのないハンジには、頼み方さえわからない。
ようやくすべて埋まった時には、そういったもどかしさを抑えることに気力を使ったせいで、お互い汗だくになっていた。リヴァイがそれを癒すように温かいキスをしてくれる。みっちりと埋まったものがハンジの中を少しだけ押し上げたが、やはり痛みはない。
「は……腰が溶けちまったみてぇだ」
「そ、そうなの?」
「ハンジ、確かめてくれねぇか。失くなってないかどうか」
「っあは……! そんなわけ、」
笑いながら顔を起こした先で、ハンジのアソコが大きく口を開けてリヴァイのソレを咥え込んでいた。
やめときゃよかった。
これで何度目の反省だろう。
慌てて顔を元の位置に戻そうとすると、リヴァイがハンジの脚を持ち上げて逃げた視線を追いかけてくる。目の前に、結合が晒される。
「ひっ……!」
「ちゃんと挿入ってるか?」
答える暇もなくリヴァイが揺するように腰を動かした。赤色の唇を縦にしたような柔らかそうな肉の間を、もっとくすんだ色で血管の浮いた太いものが割り開いている。
ハンジはリヴァイと、確かに繋がっていた。
「ぇ、やっ、ぁ」
「ああ……外に出てるところはわかるが、こっから先がわからねぇな。見えもしない」
リヴァイのソレを飲み込む唇の部分に、指がそっと触れる。気持ちいいよりもむき出しの神経をなぶられている感覚だった。
「ハンジ、中はどうだ。どうなってる?」
「ふ、あっ、なかっ? りばいが、いっぱいで、」
リヴァイがまた腰を引く。挿入ってくる時よりもねっとりとした摩擦が起こる。
「何を感じる? 痛むか?」
「ううんっ、ぁ、あ、っつぃ……抜けるとき、こすれる、」
「そうか」
折り畳まれた体勢と、中への圧迫感とで息が苦しい。ふう、ふう、と吸って吐くだけを懸命にこなしていると、よりによってリヴァイがそのリズムで抜き差しを始めてしまった。息苦しさに敏感な部分への刺激が加わり、ハンジは自由になる頭を振って身悶えるしかできない。
「ふっ、ぅ、う、っぁ、ぁぁあ……」
リヴァイは持ち上げた脚をそのまま自分の肩に載せ、ハンジを見下ろしながら動き続けた。緩やかな速さながら、入っているものの大きさが大きさだ。エラの張った頭が中をこそぎながら出ていく感覚に、その様をありありと想像してみる。苦しさを生んでいるはずのそこから別の何かが湧き上がってくる。
ここまでにハンジが感じた『イク』とは、違う何かだ。
無茶苦茶に腕を振り回して遠ざけたいような、皮膚や肉を削がれて体の芯をこねられているような、そんな恐怖を含んでいる何か。
ハンジの表情に思うところがあったのか、リヴァイが肩に載せていたうちの片脚を器用に外した。そして腰を止めることなく、横で揺れる膝の裏に舌を這わせた。
「ーーっ! ひ、ゃ、うそ、やらぁっ!」
「ナカだけでイクのは、最初は無理だ。脚に集中しろ」
行為の初めに膝に触れられた時の我慢できないほどのくすぐったさが、舌で嬲られるごとにそっくりそのまま快感に置き換わっていく。逃げようとしても脛を掴まれていて叶わない。
リヴァイは膝の裏の窪みをべろべろに舐めまわして濡らすと、今度は首を軽くひねって表を弄りだした。舐めるなんてもんでなく、唇と吸う力と唾液を使って、じゅるじゅるとしゃぶる動きで。
「ぁぁああっ、やらやらぁ!❤︎ りあいっ、やえ……!」
「本当に足、弱いな……、っ!」
二人の体に、ぎゅう、と同時に緊張が走る。声もなかった。ハンジのがくがくと震える腰を抑えながら、リヴァイもしばらく息を止める。
ハンジが、ほとんど不意打ちで達したのだ。
「……ビックリしたじゃねぇか……」
ギリギリで耐えたリヴァイのこめかみから、強い快感をやり過ごしたことを示すように、つ、と汗が落ちる。その雫を胸で受け止めたハンジは、しかしいまだ絶頂の余韻に意識を飛ばしていた。
『達する』や『イク』が快感の崖から落ちて死ぬことなら、ハンジは今、生きたまま崖を転がり続けている状態だった。
ナカが、いつまでもびくびくと動くのを止めない。呼吸が浅く、おさまらない。全身がカッカと火照ったまま一向に熱を下げない。視点が定まらない。気持ちよくて、そこから帰ってこれない。
「ハンジ」
「ふぁ……は……」
返事もままならないその様子にひとつ息を吐くと、リヴァイは、
「……っうぁぁあ!?」
ハンジを待つことなく行為を再開した。
ビックリしたのはハンジだ。断続的な痙攣を続けるナカで全く別の力が動き出したものだから、飛んでいた意識が強制的に引き戻されてしまった。それは半ば外敵に備える防衛本能だった。
「やっ……! だ、りばい、まっ」
小さな衝突のひとつひとつが、過ぎた快感になっていく。そして何度も何度もハンジを襲う。ピリピリと痛む擦り傷をいくつも負う場所に休む間もなく掌が打ち下ろされる、そんな感覚だった。痛みを快感に置き換えてみたところで、辛いことには変わりない。
律動を止めようと伸ばした両手は、リヴァイの分厚い胸に届く前に手首を捉えられ、まとめて頭上に留められてしまった。食いつかれるようにキスをされたかと思うと、そのまま小刻みに腰を動かされる。力を失くしてぶるぶると震えるだけの脚は大きく開き、リヴァイの乱暴を呆然と許した。
「ふっう、うぐ、むうぅ! ん"ぅ!」
突き上げられる揺れに合わせて、喘ぎと苦しさが大きくなっていく。
パンパンに腫れきったナカを固くて熱いものにずこずこと侵されて、与えられるものを咀嚼する暇さえない。『気持ちいい』なんかより、ずっとずっと恐ろしい。
ハンジが挙げる声も、もはや甘い子猫のものなんてものではなかった。獣が唸る時のような濁った音がリヴァイに大きなものを打ち込まれるたびに自然と体内から押し出されてしまう。
リヴァイもそれは同じだった。唇を離した途端に、それぞれの口から爛れきった嬌声が落ちる。
「っふ、はぁっ、あ"ー……クソ、あんま、もたね、」
「いや、もぉやら……っ、ぁ、あ"、だめ、くるひぃ……っ」
「は……へいきだろ? お前いつも、二回目からがすげぇイイもんな、っ……」
……二回目?
二回目ってなんだろう。ハンジはエッチの時の二回目など知らない。なぜハンジの体なのに『平気』だとわかるのだろう。
リヴァイ、誰のことを言ってるの?
「ナカでたくさんイッて、気持ち良くなれ、ハンジ」
ハンジってどっちのハンジのこと?
──〝彼〟って、どっちのリヴァイ?
目を開く。
ガチャガチャと揺れる眼鏡で辛うじて捉える世界に、ハンジの上で汗を流す男が映る。ハンジが知っているリヴァイによく似た顔の……リヴァイじゃない人。
ハンジは、ハンジの体は、知らない人を奥底に受け入れて、その熱に穿たれて悦んでいたのだ。
ここにある全ては、リヴァイのものだったはずなのに。
「待って」という言葉は届かなかった。彼がハンジの体を拘束していよいよ激しく動き始めたからだ。その重たい肉体を使ってハンジを完全に抑え込んだ彼は、耳元で息を荒げながら穿ちを速めていく。太い腕に頭を囲われ、ハンジは窒息しそうになった。二人の間でぢゅこ、ずちゅ、と音を立てる部分だけが感覚を鮮明に残したまま、その他のすべてがぼやけていく。
「っ……出すぞ……っ!」
その言葉を聞き取れていれば、拒むことができたのだろうか。
熱した鉄杭のようなそれが一番奥まで入り込み、動きを止める。ハンジは、ナカの粘膜で、どく、どくという脈動を感じた。ハンジのものではなく、彼の震えだった。
足の裏が布団についたところで、ようやくハンジの意識は戻った。いまだナカに居座ったまま、目を瞑って息を整える彼を見る。ふと瞼を上げた彼が、それを見返した。
「触ってみろ」
手を握られ、自分の腹に乗せられる。真下に潜む彼の一部を、そしてその吐き出したものをことさら意識させるように。ハンジの知らないところで、きゅ、とそこが締まった。彼が声だけで笑う。
「こんなに物分かりが良くて素直な体だってのに……ガキの俺は本当に馬鹿だな」
「……やめて……」
聞きたくない。
リヴァイは悪くない。だって何も知らないのだ。ハンジがどうして痛いのかも。どうしたら気持ち良いのかも。
ハンジが何も言わなかったから。
夢の中のリヴァイには言えることを、けれど伝えることなく、ただ与えられるものを何も考えずに受け取ってきたから。
くるりと体を裏返されのし掛かられた時も、ハンジはまだ〝リヴァイ〟のことを考えていた。けれどそれも、背中に落とされる小さな啄ばみにすぐに朧ろになっていく。
うつ伏せにペタリと寝転んだハンジを、熱い手はまた首から丁寧に愛撫した。うなじを舐めて背筋をたどり、骨の浮き出たところは特に念入りに唾液を絡ませる。腰を包まれて柔く揉まれ、押し潰された肺からひゅっ、と息を漏らしたハンジはとうとう布団に突っ伏した。かけたままの眼鏡が額にズレて、痛い。
「ここも弱いもんな、お前は」
弱いところだらけだ、と笑む声に、ハンジの知るリヴァイは重ならない。
シーツを握る手に一回りも大きな手が被さり、指を絡め取られた。ぎゅ、と力を込められ、ハンジの細い五指が限界まで開く。大人の男の指の太さなど、この手は知らないのだ。未熟な少年の手しか知らない。……知らなかったのに。
ハンジの閉じた脚の間に後ろから熱を添えると、彼は断りもなく侵入を開始した。片手で尻を掴み上げながら迷うことなくナカへ進んでくる。中ほどまで埋まったところで、一気に突き入れられた。ハンジの尻と相手の下腹がぶつかり、パチン、と滑稽な音があがる。
「ぅ、あっ」
「尻、少し突き出せ。足は伸ばしたままでいい」
布団に顔を埋めたまま首を振ったのを「力が入らないから」だと思ったらしく、手がハンジの腹の下に潜り込んでくる。そしてヘソの下をほんの少し浮かす程度の調整をすると、もう一度ハンジに熱を打ち込んだ。
「っひ……うぅぁあっ!?」
ぐりゅりと抉られたそこは、ハンジの体に再び火をつける場所として最適だった。浅くて敏感な部分を丸くて硬いところで捏ねられ、伏せていた瞼裏にチカチカと光が点滅する。熱を埋め込まれたまま尻を掴まれ円を描くように揺らされる。入口付近をさんざん押し広げた後で今度はゆっくりと抜き差しを繰り返される。それだって奥の奥までは届かない。我慢なんてできるはずもない。
「ぁぁっ、あ、っんぅ、っ、❤︎」
「っはんじ……すげぇイイ……」
意識するまでもなく、ハンジの本能は勝手に彼に合わせて体を動かした。腰をくねらせ、尻を突き上げ、律動のための前後の運動を積極的に受け入れる。奥へ、誘おうとする。
彼もハンジの腰を支えながら、飽きる様子もなくナカを行き来し続けた。下腹で尻を弾く間隔は短く、余裕のなさと欲望の大きさを示している。突き入れられるたびに、先ほど注がれた精液が押し出されてぐぷぐぷ音を立てながら二人の結合をぬめらせた。
肌と肉がぶつかって離れる音、高低どちらも揃った喘ぎ声、粘液をかき混ぜる音。
何もかもが、ハンジにとって初めてだった。
皮膚を突き破りそうな制御不能の快感も。媚びて濡れた啼き声も。絶えず形を変えて男の欲をしゃぶる己の胎も。
──相手が、リヴァイじゃないのも。
「ごめ……なさっ……」
口を突いて出たのは、謝罪の言葉だった。
「ごめ、ごめんね、りばっ、ぃ……ごめんなさい……」
重ねるたびに、それが涙となって溢れてくる。頬があっというまに濡れていく。
背後の動きが止まり、成熟した掌が後頭部を撫でた。
「……どうした?」
「ごめんなさいぃ、りばい、りばいぃ……うぇっ、ひ、」
「おい、俺は何もされてねぇぞ」
違う。今度はもっと強く首を振る。
「あなたじゃ、ない。あなたはりばいじゃない、っ、違う……」
ハンジのリヴァイは、首が細くて綺麗で、エッチが性急で、痛くて恥ずかしくて、顔も見せてくれなくて、一度終わると素っ気なくなって、良いところなしで……ハンジが大事なことを何ひとつ伝えられなかった、ハンジの恋人だった。
〝彼〟だけが、ハンジの恋人だった。
「そうだな。俺は〝お前のリヴァイ〟じゃない」
冷えた声が背中を刺した。
行為で粘ついていた辺りの空気が一瞬にして凍り、ハンジの脳天から脚の指の爪先にまで見えない針金を通す。
「お前は俺が〝お前のリヴァイ〟じゃないと、最初からずっとわかっていた」
彼が体を起こす。押される角度が変わり小さく喘いでしまう。咥え込んだ隙間をさらすように、尻たぶの片方が掴み上げられる。
「だったら何でここは俺を咥えこんでんだ?」
その声音に含まれるものを、ハンジは知っていた。怒りだ。そう直感する。
ハンジの知るリヴァイが、ハンジが無茶をしてボロボロになる一歩手前で襟元を引いて止める時の、あの声だ。彼はそこにさらに大量の酸を加えたような、強烈な怒りをまとっていた。
「あっ、」
胎内に埋まってハンジをとどめていたものが、突然ずるりと引き抜かれた。
シーツにしがみついてた腕を取られ、またひっくり返される。再び押し倒されたハンジはそこで怒りを噴出する存在に対面した。
大人じゃないリヴァイは予想に反して、随分穏やかな表情でハンジを見下ろしていた。かけられた声と台詞から受けた印象には程遠い。その乖離が、逆にハンジを怯ませる。
「なあ。なんでお前は俺を受け入れた?」
いや、やはり怒っている。けれど単純な怒りとは違う。憤ってはいるけれど、その根底に増幅したそれを破裂させようという意思が見えないのだ。彼は、自分がまとうその怒りに慣れているようだった。
「そうだな……この場に俺とガキの俺が並んでても、お前は俺とセックスしてたか?」
「ばっ……! そんなわけないじゃんか!」
思わず声が荒ぶる。リヴァイの前で他の男に抱かれるなんて、そのとき向けられるだろう視線を想像するだけで内臓が潰れそうになる。
「なぜだ。今はしてる」
「それは……、」
指摘されたとおり、ハンジは最初から目の前の彼と慣れ親しんだリヴァイを別々の存在だと認識していた。あまつさえ行為の間もそう認識し続けていたのだ。大人のリヴァイとして彼を見ながら、けれどそこに〝大人じゃないリヴァイ〟との同一は見なかった。二人が線で繋がっていることを意識もしたけれど、未来を知らないハンジには、大人のリヴァイが本当に〝大人じゃないリヴァイ〟がまっすぐ年を重ねていった続きなのか、わかるはずもない。
そもそも、これはハンジの夢だ。今ハンジを責めている彼の姿は、ハンジが持つ深層の何かしらを表していることになるのではないか。だとしたら一体何を?
「セックスの気持ちよさを知りたかったのか? ガキの俺相手じゃあ味わえないもんな」
「違うよ……そうじゃない……」
違う。だって、彼自身が言っていたじゃないか。
──「俺と『二人でイイことをしたい』……違うか、ハンジ」
彼が当たり前のように『二人で』と限ったことが、ハンジにはずっと引っかかっていた。
大人のリヴァイは、大人のハンジと二人でするエッチが大好きだった。片方が片方に一方的に気持ちよさを与えているんじゃない。一人で気持ちよくなっているんじゃない。
大人のリヴァイは大人のハンジのことを考えて、言葉を聞いて、二人で気持ちよくなろうと努力しているのだ。そしてハンジとのセックスが大好きだとリヴァイが言うのなら、ハンジも同じ努力をしているということだ。
「羨ましかった」
もやもやとわだかまっていたものを切り開いて得たのは、そんな子どもじみた感情だった。
羨ましいと思った。とても。その片鱗に触れてみたいと思った。ハンジも、リヴァイとそうなりたかった。二人で、イイと思うことをしたかった。二人で気持ちよくなりたかった。ハンジの感じるところを、良すぎて震えるところを知ってほしかった。
同じくらい、リヴァイのすべてを知りたかった。ハンジを抱きながら、二人だからこんなにも気持ちが良いんだと、そう思ってほしかった。
そうすれば、ずっと、ずっと一緒にいられるから。
「そうだ……羨ましかった……あなたと大人の私は二人とも、二人でするエッチが大好きで、八年後も一緒にいるから……私もリヴァイと、ずっと一緒にいたくて」
「なぜ?」
彼の追及は止まらない。
ハンジとて手に入れたばかりのことなのに、次から次に渡されては零れてしまう。けれど時間を与えられずに出した結論は、ハンジの裸のままの答えでもあった。
「なぜ『ずっと一緒にいたい』と思うんだ? ガキの俺がせっせと世話を焼いてくれるからか」
「そんなの……恋人じゃなくたってしてくれるよ」
ハンジの口角が、知らず笑みを刻む。
「リヴァイはね、ただ単に優しいんじゃないんだよ……自分の決めたルールに反する人なら、誰でも強引に巻き込んじゃうんだ。掃除ができていない、服がほつれている、ご飯ちゃんと食べてない……」
同級生、後輩、赤の他人。相手が誰だって同じことだ。非常にわかりづらい面倒見の良さと自分ルール執行への執念で、リヴァイはいつだって周りを巻き込んで、また惹きつける。
「……恋人じゃなくても、私じゃなくても! 誰にでも『せっせと世話を焼いてくれる』し、誰でも世話を焼いてもらえるの!」
普通の人間は、リヴァイに睨まれればすぐに行動を改める。だけどハンジはそうしなかった。だからリヴァイは、未だにハンジの一に十の反応を返してくる。ただそれだけだ。
そんなふうに、万人に広く開かれたものは関係ない。
ハンジはそんなもののために身体を許しているわけじゃなかった。
「そんなもののために痛い思いしてるんじゃないもん! 毎週毎週、大事な時間使って! 痛くて恥ずかしいの我慢して、一回エッチしたら部屋を追い出されて! 一人で寝るの辛くて……! それでも、それでも私がリヴァイと恋人なのは、」
言いたくない。
その先は、ハンジ自身を傷つける言葉だとわかっていた。
「……リヴァイが好きだからだよ!」
ほら、やっぱり傷ついた。
ハンジの感情とリヴァイの思惑は違う。そのことを痛いほど突きつけられる。けれどリヴァイとよく似た顔の彼に、盛大に的を外した勘違いをされるなど我慢がならなかった。そんなことさえ許せなかった。
「そうか。好きだから、か」
なのにこの男ときたら、ハンジの叫びをごく当然のように受け止めるのだ。ハンジの夢のくせに、ハンジの創り出した存在のくせに。
「そうだよっ……! なんでそんなこと聞くの? 気づかないようにしてたのに、なんで私の夢なのに私が苦しいことばっかり言わせようとするんだよ!?」
「苦しいことなのか? ガキの俺に同じことは言えないか」
「……言えるわけない」
「そうか? 試しに言ってみろよ」
彼は酷いことばかり要求する。エッチの時にはあんなに丁寧に窺っていたハンジのことを、今は無理に引きずりだそうとする。引きずり出して明らかになったことを笑うつもりなのだろうか。
「……りばい、大好きっ、大好き……! エッチだけの関係なんていやだ!」
笑うなら笑えばいい。ハンジはずっとそうしてきた。痛い目を見ても他人に笑われても厭われても、自分のしたいと思うことをしてきた。
それが通じないのは、ハンジの恋人のリヴァイだけだ。
「リヴァイ、私のことも大好きになってよ……! 私のこと聞いてよ、りばいのこと教えてよ……エッチしなくたって、恋人のままがいい……」
爆ぜた感情に身体が引きずられる。ハンジは大粒の涙を流し、しゃくりあげながら本音を叫んでいた。
「『少しは好き』、なんて嫌、いやだ、大好きがいい、同じのがいい……!」
ハンジの『大好き』だけじゃ、もう賄えない。『少しは好き』程度ならそれで十分だと思っていた。お釣りがくる、なんて思い込もうとしていた。でもダメだ。自覚したらハンジは戻れない。リヴァイにハンジの欲望をぶつけてしまう。叶えてくれと求めてしまう。そしてきっと、リヴァイを失うのだ。
「言えただろ」
叫喚に飲み込まれそうだったハンジの頬を、平坦な声が叩く。固く閉じていた目を開ける。
「お前はお前の欲張りっぷりを、今、素直に俺に言えた。ガキの俺には言えない道理なんてあるか?」
何言ってんだこの人、と呆気にとられる。見上げた彼はまったき冷静な面のままハンジに覆いかぶさっていた。他人事のようなその様子が恨めしい。そして全裸でひとつ頷く姿に恨みも砕かれる。なんだこの人。
どうしてこんなに余裕があるのだろう。先ほどの激しい怒りにさえ余裕があった。それは「当然」という自信とも、「だろうな」という諦めともとれて、
「自分の気持ちがわかってよかったな。だが少し遅かった」
「えっ?」
脚のあいだの違和感は、すぐに異物を食い締める感覚に変わった。ぬちりと粘液を挟んで擦れ合う音を聞いたと思ったら彼がハンジの胎の中にいた。
「……えっ、え?」
「残念ながら、お前は『好き』を自覚する前に、好きでもなんでもない男から触られて濡れちまった」
「……! やだ、やめてっ!」
両脚が抱え込まれ、肘をついて起き上がろうとしたところを引き寄せられる。ハンジはようやく彼の意図に気づいた。行為を続けるつもりなのだ。
「ガキの俺以外のもの咥え込んで、挙句にイッちまった」
そしてここに出された、と腹を撫でられる。言われたことの意味がわからないほどハンジの貞操観念は緩くはない。彼は、恋人がいるのに他の男を受け入れたハンジの不貞を責めているのだ。血の気が引く、なのに、撫でられた肌が騒めいてくる。
「そんな、あなただって……あなたは、エッチできれば、誰でもいいの?」
話を逸らしているだけだとわかっていた。彼の行動に言及してもハンジの罪は消えない。けれどこの状況でハンジを責めるということは、大人のリヴァイとハンジは『そういう関係』ではなく、エッチだけをする関係だということになる。自分たちのことではないのに、胸が痛む。
だが彼はあっさりと否定した。
「んなわけないだろう。俺は浮気なんてしないし、ハンジしか抱かない」
「う、ぇっ? じゃあ……うぁっ!?」
彼が大きく動き、ハンジのナカを無遠慮に行き来しはじめた。先ほど最後まで与えられなかった快感がまどろみから目覚め、ハンジの体のあちこちで声を上げ始める。ずぶりと深く埋められたままソレで奥を捏ねるように腹を擦りつけられ、ハンジの脳は力ある言葉を一瞬で失くしてしまった。
「ぁぁあっ❤︎ それいやいやっ!❤︎ こすら、ないれぇっ!❤︎」
「ほらな。また気持ちいいんだろ」
温度の低い彼の声にも答えることができない。不意打ちで達した一度目とは違う。ハンジのナカは明らかに悦ぶ方法を学習して、その術でさらに高いところにいこうとしていた。彼の律動に合わせて健気に絞るような動きを繰り返している。
「お前と俺じゃ、前提が違う」
「ぜっ? ん、ぁあっ❤︎」
「お前はガキの俺のことしか知らない。俺は十四のお前を知っている。お前は俺にとってずっと〝リヴァイとセックスしてるハンジ〟だ。それ以外でもなんでもない……お前とアイツは、一緒なんだよ」
急に両腕を引かれ、体を無理やり起こされた。彼は息も絶え絶えなハンジの背中を抱え、胡座をかいて座った腰を跨がせる──繋がったまま。
「っっ〜〜!❤︎」
自重で結合が深まり、ハンジは腕を突っ張って逃れようとした。けれど未熟などとうの昔に脱いだ肉体がそれを許さない。彼は痙攣する体を囲い込んでハンジのナカを小刻みに擦りあげた。下腹同士を合わせて磨くような強さに耐えられず、彼の背中の向こうに消えた両脚の爪先が、きゅう、と丸まる。
「あ”、ぁ❤︎ だめ、う、ぐぅぅ❤︎」
「ハンジ? さっきも言ったろ、『お前の顔が載ってりゃどんな体でも勃つ』って」
「わらしっ、いや❤︎ いやがっ、てぇのにっ……!」
「俺は躾に一番効くのは快感だと思う」
リヴァイと言ってることが違う、と水の膜が張った目で弱々しく睨むと、「お前限定で」と返ってくる。
「何度でもイッちまえ、ハンジ。ガキの俺以外のちんこでな」
それは死刑宣告だった。
快感と、その裏合わせの罪悪感で死ね、ということだった。
脳裏に今までで一番鮮明なリヴァイの姿が浮かぶ。リヴァイは背を向けて、顔だけをこちらに寄越して、金曜の夜に浮かべる淡い熱すら消え去った目でハンジを見ていた。その視線は恋人からも友人からも遠い。
「りばい、りばいごめ、なさっ、きらいにならないでっ!」
苦痛に変わる直前の気持ちよさのせいで目の前の男に縋るしかできないのに、それでもハンジの心の内にいるのはリヴァイだった。
「そうだ、ちゃんと言え。届くまで。あとはガキの俺がなんとかしてやる」
「だいすき、りばい、だいすきだよぉ、だいすき、すき、すき……」
奥を潰した彼が、そこから退かぬままハンジの腰を掴んで揺らした。密着したどこからも熱と痺れが生まれ続けるせいで、ハンジは今、自分が喘いでいるのは快感のせいなのか、息苦しさのせいなのか、それとも焼けそうなほどの胎内の熱のせいなのかわからなくなる。
「ほら、もっと言ってやれ。隣の部屋に、いるんだろ? 聞こえてるかもしれねえな」
「やだあぁ、そんあことないっ❤︎ も、ん……っ❤︎」
「じゃあ、言えるよな。でけえ声でっ、言ってみろよ。もっと気持ちよくなれるぞ」
荒い呼吸の合間に酷いことを言いながら、彼が膝を伸ばして体を後ろに倒す。大人の男の腰を跨いだハンジの脚はめいいっぱい広げられ、自分の体が他人の一部を咥え込む様子をありありと伝えてきた。ハンジが上がりっぱなしの息を整えようとする前に、下になった彼がガツガツと腰を突き上げ始める。
「あうっ❤︎ やっ、それ❤︎ いやっ❤︎」
「なにがいやだ、奥が吸い付いてん……だよ、」
だめ、と言おうとしたハンジの口が、みっともなく細く鳴いた。イッてしまったのだ。それが呼び水となり、小さな爆発が止まらなくなる。彼が、は、と息だけで笑い、ハンジを揺り動かしながら位置の定まらない唇にキスをした。舌を絡められると目を閉じてしまう。それは彼を受け入れた形に他ならない。
「りばい、りゔぁいすき……❤︎ んむ、すきぃ……❤︎ すき、」
「そうか。ハンジ、気持ち良いか?」
「う、んっ、ぁ❤︎」
「どうされて、気持ちいんだ? 教えてやんなきゃな」
「ひっ……お、っきいのがぁ……❤︎ なか、いっぱい、かきまわして……」
与えられる感覚も、言葉も、それに準じる自分も、なにもかもを拒絶したい。なのにできない。それが悔しくて、情けなくて、ハンジは喘ぐ合間にべそべそと鳴き声を漏らした。もう泣くことしかできないのだ。
と、ハンジを否応なしに追い立てていた手が、優しく頭を撫でた。
「大丈夫だ。こんな夢のことなんざ、すぐに忘れる」
濡れそぼって熱い瞼を持ち上げると、リヴァイによく似た造りの顔に、リヴァイがしたことのない表情を浮かべる彼がいた。
「いつもそうだろ? 目の前から欲望がなくなった途端、手に入れた途端に忘れちまう。お前は素直で、欲張りで、……残酷な奴だ」
「そ、な……ち、がうもん……」
「違わねぇよ。だから八年も必死こいたんだろうが」
『八年も』。なんのことだろう。彼はハンジの知るはずもない、上手く想像もできない八年の間に、一体どんなものを八年後のハンジと築いてきたのだろう。何を考えて、何を思ってきたのだろう。考える余裕はもうない。思考が溶けて、夢の外にすら流れていく。
「この夢はお前を満たさない。何も叶えない。残ったもんでお前は飢えるだけだ」
「あぁあ❤︎ あっ!? ゃ、イキたくなっ❤︎」
抽送が速くなった。揺さぶるうちにたやすく快感を拾える体になったことがわかったのだろう、気遣いを失くしたその動きには、ハンジを崖から突き落とそうという意思が見えた。
目の前が白む。息が途切れる。全身がハンジを置いて震える。なんとか噛り付いた彼の首元で、自分のものじゃない荒い呼吸を感じる。
そこに声が混じった。
「気が、向いたら、覚えてろ……っハンジ」
問い返すことはできなかった。せいぜい辛うじて耳に届いた程度。だから、彼が本当にそう言ったのかはわからない。
ハンジは達する直前まで、おぼろげにその言葉を反芻していた。
『八年後に言ってやる』