2.
2.
もし「エッチが好きか?」と聞かれたら、ハンジは正直に「苦手だ」と白状する。
なぜって、痛いからだ。
巷の噂どおり、ハンジの破瓜も痛かった。痛かったが、回をこなせば自然と気持ちよくなるものだろうと考えていた。
ところがだ。昨日で八回目となるのに、ハンジの膣内は未だに痛みを訴えていた。
ついでにいうと、痛覚が働いた分だけ冷静になる脳のせいで布団の上に重なり合って変な格好で変な部位を使って変なことをしているリヴァイと自分を俯瞰的に眺めてしまい、ロマンスなんてかけらもないその姿態に恥を覚えたりした。
恥じらいではない。恥だ。リヴァイとのエッチは、ハンジにとって痛みと恥の繰り返しだった。
──なんでそんなことになっちゃったの?
「俺としてみるか?」
大人のリヴァイの返答にことごとく打ちのめされ、ハンジはその場に倒れていた。腕は繋がれたまま、頭だけがリヴァイの寝転ぶ布団に乗っかっている。
大人のリヴァイは、「二人でイイと思うことをしてきた」とひけらかすでもなく答えた。大人の二人と違ってノーマルなエッチをしているはずなのに、大人じゃないリヴァイとハンジのそれは『二人のイイ』の頂上には到底届かない代物なのだ。
そしてここまでの問答で、ハンジはこの夢の真意を薄々察していた。なんとも恐ろしい真意を。
「おい、俺とするか」
腕を緩く惹かれ、目を開ける。けれど応えない。これは理解してはいけない類の質問だと直感した。今日のハンジの直感はビンビンに冴えている。
「んひっ!?」
「無視すんなよ」
肌の上を、濡れた何かが這う。慌てて首を曲げるとリヴァイがハンジの掌から手首をねろりと舐め上げているところだった。そのまま指も喰われる。
「なふっ、なにっ! 離っ」
「俺とするかって聞いてんだ」
「なんで!?」
「ガキでもてめぇはハンジだ。もうわかってるんだろう」
大人でも彼はリヴァイのようだが、鋭さは今に比べて格段に増しているらしい。ハンジが察しながらあえて隠していることもお見通しだった。
十四歳のハンジの夢に現れ、リヴァイとハンジが八年後もエッチしていることを暴露し、おまけに揃って淫らに求め合っていると主張する大人のリヴァイが、ハンジの現実の何を反映しているか、なんて。
腕を強く引かれる。大人のリヴァイが初めて見せた力に、少しだけ怯む。
「俺と『二人でイイ』ことをしたい……違うか、ハンジ」
寝転がったまま肩を抱き寄せられ、耳元で囁かれた。びっくりした。ハンジのよく知るリヴァイと繋がっているはずなのに、その時の大人のリヴァイはハンジの全く知らない男の人だった。
低く抑えられた声が耳殻の凸凹で遊んだ後、脳にとろりと流れ込んでくる。一瞬にして、ぞわ、と鳥肌がたった。
「あのころ……じゃねぇな、今のお前は、俺と寝るのが好きじゃなかった」
「……っ」
「気持ち良くない、痛い、どころか恥ずかしい思いしながら俺につき合ってた」
「どうして、」
知ってるの? なんて、愚問だ。これはハンジの夢なのだから。
だからと言って、ハンジが自分の痛みと恥をリヴァイに知ってもらいたかったかというと、決してそうではない。そんなことが知れたら、リヴァイはきっともうハンジとエッチをしなくなる。しなくなったら、行き着く先は決まっている。
「お前が教えてくれた。俺は後悔した」
「……大人の私のバカ」
大人のリヴァイとのエッチが大好きなら、どうしてわざわざ過去を詰るようなことを言うんだ。気にしてしまっているじゃないか。けれど過去を気にしていながら、大人のリヴァイはハンジとずっと一緒にいるのだ。
泣きたい気持ちになった。
「まさか夢でやり直しだなんてな」
「やり直しならなんで大人の姿なの? 十四歳のリヴァイでもいいはずじゃんか」
「ガキの俺はお前の本音を知りようがねぇだろう」
夢のくせに変なところでシビアだ。
でも夢に大人じゃないリヴァイが出てきたとして、その口からハンジの痛みや恥を語らせることなど絶対に許さなかっただろう。それこそ大人のリヴァイが言うように、今のリヴァイには知りようのないことなのだから。
──それに、
「嫌か? 嫌ならしない」
「……」
「お前の嫌がることは、絶対にしない。ずっとそうしてきたつもりだ」
ハンジを見据えながらまっすぐ言いきった大人のリヴァイは、けれど今のハンジを見透かして、大人のハンジに向かってそう言っていた。大人のハンジとの歴史を、言葉や態度の至るところで余さず示していた。
ハンジはあえて言わなかったけれど、そこに夢の真意のもう一つがあったのだ。
リヴァイと二人で、イイことをしたい。
──リヴァイと二人で、イイことをしつづけたい。八年後だって、ずっと。
大人のリヴァイは、誰にも言えないハンジの欲望の形だった。
胡座をかいた脚の上に後ろ向きで載せられた時、ハンジは初めてそれに気付いた。
「……なんか、かたいの……」
「ああ、勃った」
「た……なっ、勃っ? なんで!」
「さっきから『なんで』ばっかだな」
腹に大きな手が回り、ハンジのお尻を硬いものに押し付ける。
「ひょわああぁ!?」
「お前と布団の上にいんだぞ。勃つだろそりゃ」
「だろって言われても! ちょっとわからないかな!」
「そうか。大人のお前はコレが随分好きだぜ」
リヴァイはそう言うと、ハンジの後頭部に鼻を埋めてゆっくり、深く息を吸った。それだけでハンジの二の腕から首筋、頭皮にまでぞくぞくと寒気が這いのぼる。けれど両手は腹の上に組まれてから少しも動かず、不埒にそこらを触りまくろうとはしなかった。
……大人じゃないリヴァイは、そこのところがいつも性急だ。
懐に抱え込んだハンジごと、リヴァイが体を揺らしはじめる。眠気を誘うほどゆったりとした動きで。
「隙を見せるとすぐ触ってきて、ほっといたら一時間でも弄くりまわしやがる」
眠気は一瞬で死んだ。とんだ猥談である。
「匂い嗅いだり、舐めたり、ぶるぶる揺らしやがったり、しごいたりつついたり、メジャーで長さを測ってあれこれし始めた時はさすがに止めたが」
メジャーってなんだ。淫乱の大リーグか。大人になったハンジがそんな変態女だなんて信じられない、ふざけないでほしい。そう憤慨して振り返ったハンジを、リヴァイが優しく抱きしめた。
「うっ……な、なに?」
「あちこち触られんのは好きじゃねぇんだよなぁ、お前は。気が散るんだろ?」
「えと、うん……」
さすが私の夢、よくわかってる。
と、納得しようとする理性を、圧倒的な動揺が塗りつぶす。
大人じゃないリヴァイよりもずっと大きくてゴツゴツした体が、ハンジの全身をすっぽりと取り囲んでいる。それはエッチへと至る暴きにはほど遠く、どこまでもハンジを慈しむ肉体だった。
こんなこと、一度もしてもらったことがない。こんな腕、知らない。
知りもしないことなんて、望みようがないはずなのに。
「眼鏡はどうする。とるか?」
「……やだ」
怖いから。
「そうか。じゃあ顔こっちに傾けろ」
「? こう、」
次の瞬間、唇に何かが触れた。柔らかいその何かは、トン、とハンジの口に当たって、それから静かに離れる。それからもう一度。間近に迫っていたリヴァイの顔にピントが合った時には、少なくとも四回、ハンジの唇はノックされていた。
「あ、……うそ……」
「どうした」
「リヴァ、以外と、キスしちゃっ……」
「俺もリヴァイだ。ノーカンだ」
「そんなわけ、」
またキスされる。今度は少し長く。それでも、触れるだけ。
リヴァイは唇を強く吸ったり、ぬるぬるする舌をいきなり捩じ込んできたりはしなかった。ハンジが頭を後ろに反らせば逃げられる、それほどの優しさで抱きしめ続けていた。
「っふ、う……」
「……」
「……りあい……」
「なんだ……?」
ようやく唇を離し、目を合わせたまま紙一枚のあわいで囁きあう。リヴァイの吐息でハンジの眼鏡が曇った。名前を呼んで、けれど何も言わないハンジを急かすこともなく、リヴァイはハンジの一回り小さい指を自分の口元に運ぶ。
あ、と思う前に、人差し指と中指が飲まれていた。不快には思わなかった。第一関節にエナメルの刃が軽く当たり、そこから先は生暖かく濡れたもので満ちていた。
舌が、ハンジの爪と肉の境をなぞる。二本の指の腹を撫でる。指の先っぽを、舌の先っぽでちろちろと弾く。ハンジの手を掴むリヴァイの指のうち、親指だけがそろそろと動いて掌をくすぐる。
繰り返される一連の愛撫が、ハンジの脳をピンクの棒でかき混ぜる。
「……くひがあいへう」
「あう……」
「欲しいか?」
解放された人差し指と中指は、それはそれは淫らに光っていた。リヴァイの唾液のせいだと思うと「汚い」より先に「どんな味がするのか」が気になってしまう。大人じゃないリヴァイが相手のとき、それを味わう余裕はない。
促されるまま、ハンジは濡れた指を自分の口に入れた。何も味がしない。ハンジの味までリヴァイに舐め取られてしまっていた。
ハンジの指の第二関節、唇から出た部分に、リヴァイが何度も口づけをする。湿った皮膚と、ちゅ、ちゅ、と鳴る音、キスできそうな距離で目を合わせて、けれど遠回しな行為が、ハンジの感覚をこれ以上なく苛んでいく。
指が抜けた。無意識だった。
開きっぱなしの口のままリヴァイを引き寄せ、縋り付く。無意識だった。
「あ……、ふ」
温かい手が後頭部と背中を支え、ハンジをゆっくりと後ろに導いた。胡座の中で体を倒したハンジは上から被さる絹のような軽さの唇を自分から求めて、太い首に腕を回す。
大人じゃないリヴァイの首は、こんなに逞しくない。むしろ女の子のように細っこい。うなじはハンジと違い襟足がなくて綺麗だ。舐めてみたいと思ったことがある。結局言えなかったけれど。
閉じられない唇で、けれど舌を見せるのは恥ずかしくて、ハンジは触れるだけのキスを馬鹿みたいに繰り返した。リヴァイはそれを馬鹿にはしなかった。同じように薄く口を開いたまま、ハンジと丁寧に吐息の交換をしてくれた。
「姿勢、辛いか」
「っ、ううん」
「ここに、キスできるか?」
リヴァイが綺麗な色の舌を見せた。目を瞑って絡ませているときは「なんとなく気持ち悪い」としか思えないのに、今はそうは思わない。リヴァイの口から突き出るリヴァイの一部なのだから当然だ。
ハンジは戸惑うことなく垂らされた舌の先端を唇で挟んだ。後頭部と背中を抱く腕が少しだけ力を強める。それに助けられ、口に含んだものを吸う。リヴァイがハンジの指に施したことの再現のつもりで、舌先で弾いてもみる。
ざらりと細かな感触があり、それでいてにゅるりと掴みどころがない。こんなにふにゃりとしているのに筋肉の塊なのだというから不思議だ、とハンジが思うと、リヴァイがその疑問に応えるかのように舌先を硬くしてハンジの歯裏を舐めあげた。
「っひあう、」
そこから口蓋に向かい、中頃に着き、また戻る。往復の回数が増えていくごとにハンジの震えも大きくなっていく。大きな両手がとうとうハンジの頭を囲んで固定し、上からゆっくりと、深く舌を潜り込ませてきた。少しも間をおかずに動き始めたそれは、向きを変え、位置を変え、硬さを変えてハンジの口内を好き勝手にべろべろと舐めまわした。
……気持ちがいい。心地いい。
喋るための運動器。食べ物を飲み込む消化器。ハンジの脳と体を、どこまでも溶かす感覚器。舌は、なんて多機能な器官なんだろう。
「気持ちいいか」
「うん……」
──どうして大人じゃないリヴァイと、この気持ちよさを分かち合えなかったんだろう。
じゅるり音を立てて余分な唾液を吸いながら、ついでに腫れぼったくなった唇まで吸いながら、リヴァイがようやく顔を離した。
「息、上手にできたな」
「……あ」
そうだ。ハンジにとって、今のが初めてのまともなキスだった。ではどうして今までまとも足りえなかったかというと、キスをする時にハンジが上手く息継ぎができなかったからだ。
大人じゃないリヴァイは、ハンジが気持ちよさより前に覚える息苦しさの、さらにその手前で解放してくれていた。
「私、キスの才能ないのかと思ってた……」
「才能なんていらねぇよ。チャリの漕ぎ方と一緒だ。一度できればずっとできる」
「自転車乗れない人もいるもん……。ね、大人のハンジは、キス、上手?」
「上手だ。気持ちよくなるのも、気持ちよくさせるのも」
「そっか。すごいね」
「ああ……揃ってキスだけでイっちまうこともある……」
表情は微塵も変わらないが、リヴァイが心なしかうっとりしているように見える。
「イっちまう」ってどこにだろう。天国に行くほど気持ちがいいということだろうか。二人で一緒に、そんなに気持ちよくなれることがあるのだ。ハンジは大人じゃないリヴァイと自分がそういうキスをしている場面を想像してみる。想像してみて、無意識に足を擦り合わせる。
リヴァイの胡座の上で横抱きにされた体は、キスですっかりとその緊張を解いていた。くたりと弛緩して重たいであろうハンジを大人のリヴァイは少しも苦にせず抱いている。これが大人じゃないリヴァイだったら、
「うあっ!」
突然、ハンジの全身が跳ねた。
むず痒いような、筋肉の繊維を微弱の電気が流れていくような感覚が、天辺から足先までを高速で貫いていく。意思とは全く無関係な反応に驚き、ハンジは己の体にそんなものをもたらした原因に呆然と目を向けた。
膝だ。
ハンジの小さな膝頭を、リヴァイの指先が優しく摘む動きで撫ぜている。
「え……え?」
「好きだろ、ここ」
「や、わかんな、」
頭を抱いたままだった片手がハンジを引き寄せる。あっという間に口の深いところで繋がりあった二人は、中断などなかったようにまた舌を絡め合った。そうしてキスに夢中になるハンジの膝を、さらにリヴァイのもう片方の手が弄りだした。
「っん!? ん、う」
「……は、こんなになるくせに、脚が出る服なんか着るな」
「へっ? ぁ、やらっ、りあみむ、うぅ、んぅぅーっ!」
ジタバタと暴れる脚を好きなように暴れさせながらも、リヴァイは慣れた手つきでしつこくその膝を追い、五本の指でめいっぱいくすぐった。
繋がった口が奇妙に歪んだことで、ハンジはリヴァイがこの追いかけっこを楽しんでいることに気づいた。が、どうしようもない。頭を固定され、そもそもリヴァイの足の囲いに尻を置いている状態で逃げ出せる可能性など微塵もないのだ。
それを理解した途端、急にハンジの体のあちこちが甘く疼き始める。
「……ぅあ、は……❤︎」
ぐしょぐしょの状態で捏ねあっている舌は勿論、弄り回されている膝を中心にして強い痺れが起こる。腹から下がびくびくと波打ち、背中はかっかと熱を上げ、足の爪先がきゅっと縮む。
一番おかしくなったのは脚の間だった。
金曜の夜、大人じゃないリヴァイが出入りをした後、いつも痛みを訴える場所。
──木曜の夜、大人じゃないリヴァイの出入りを想像して、いつも密かに自分で触ってしまう場所。
その奥がひとりでにきゅんきゅんと狭まり、緩み、何かを求めるように動いている。こんなに我慢ならないほど疼いているのは初めてだ。今すぐにそこを、めちゃくちゃに触りたい。
そういう察して欲しくないことを察するのが大人のリヴァイだ。いきなり唇が離れたかと思うと、口の端に垂れる唾液を舐めとって彼は言った。
「脱ぐか?」
「へ……なに、を……?」
「下だ。濡れてんじゃねえのか」
「ぬれ……」
濡れてるって、膣内分泌液のことかな。まだじゃないかな。大人じゃないリヴァイとするときは、濡れるまでに時間がかかるから。
ぼんやりと灰色の瞳を見上げるハンジに対して、リヴァイがわずかに眉を下げる。そして少しも目を反らすことなくハンジが履く短パンのウエストに指を引っ掛けた。気がついた時には、それを膝までずるりと引き下げられていた。
「ぎゃーーーー‼︎」
「手ぇ離せ。脱がせられねぇ」
「それが目的だよおぉ!」
「パンツは残しておいてやる」
「なにその塵みたいな温情っ……あっ、」
リヴァイは防戦一方のハンジを軽々と抱え上げ、布団に寝転がした。さらに掛け布団を蹴って下に避けると、ハンジの震える体を両足で跨いでしまった。
大人の腿に挟まれると、ハンジなどは随分細くて頼りない。たやすく蹂躙されそうなほどに。
「……っ」
「まだなんも触んねぇよ。俺は」
「私が触るってこと!?」
「半分正解だ……二人で『見せ合いっこ』する」
『見せ合いっこ』?
子どもじみた響きに一瞬呆気にとられる。
突飛な単語にもかかわらず、リヴァイはそれを慣れた口調で紡いだ。つまり普段から口にしているということだ。つまり、大人のハンジといつも『見せ合いっこ』をしているということだ。一気に不穏さが増す。
警戒を強めたハンジを余所に、リヴァイは体を起こすと履いていたスウェットを下着ごとずり下ろした。
「ッ!?ッ!?……ッッッ!」
「どこの格闘家だお前は」
格闘家よろしく臨戦態勢をとっていたのは、むしろ大人のリヴァイの方だった。
Tシャツの裾の真ん中から、天に向かって勃ち上がる大きなもの。ハンジは、赤黒く太いソレがなんなのかは知っていた。どんな状態かもわかっていた。けれど、そういう状態のソレを明るいところで見るのは初めてだった。
丸く膨らんだ部分を根元にして、浮き上がる血管をいくつも巻きつけながら、中頃だけを少し太くした大きな幹が生えている。頭部は兜のような形になっていて天頂が少しだけ割れていた。リヴァイが手を添えなくても自立するそれは、ハンジが見つめているとひとりでに上下した。
ハンジは慄いた。
「……デカく、ない、ですか?」
「そうでもないが」
大人のリヴァイが大きな手でソレを包んだ。先っぽが大幅な余裕を残してはみ出すのを見ても「そうでもない」わけがない。
己の一物に向けられた驚愕を置き去りにして、リヴァイは片手で器用に黒いTシャツを脱ぎ去りハンジに覆い被さった。行動の一つ一つに慣れを感じてしまう。きっと普段から大人のハンジをこうして見下ろしているのだ。
頭の横に広げられていた掌が腕に切り替わり、リヴァイの顔が近づいたかと思うと、服の上から薄い胸に、ふう、と息を吹きかけられた。体が反射でピクリと跳ねる。
「っう、や」
「安心しろ、俺は心得てる。感じもしねぇのに揉んだり舐めたりしねぇよ……次の日痛むんだよな?」
「うー……」
大人じゃないリヴァイに揉まれたり舐められたりしても、ハンジの胸はなかなか快感を覚えられないでいた。どころか、少し時間が経つと触られたところが筋肉痛のように痛み始めるのだ。大きさといい覚えの悪さといい密かに「粗末な胸だなぁ」などと自嘲していたのを、やはり大人のハンジはべらべらと喋ってしまっていたらしい。恥ずかしくて死にそうだった。
「お……大人の、私は、その……胸、」
「ああ、何が聞きたい? 感度か? 大きさか? 色? 柔さ? 形? 匂い? 味?」
「あっもういいです」
味ってなんだ。食いつきが良すぎて若干冷静になる。リヴァイが「ああクソ、思い出しちまう……」と眉をひそめて呟いた言葉の先はもう聞きもしなかった。
リヴァイはさらに顔を近づけ、唇が触れるギリギリの距離で何度も息を吐き、匂いを嗅ぐように息を吸った。ペラペラの衣服の繊維を通して、熱く湿った吐息が肌にぶつかっては引いていく。
そこはちょうど、ハンジの小さな頂点がある位置だった。ブラジャーなど高くて繊細なものは着けていなかったので、当然のことながら
「……勃ったな」
ぷくりと勃ち上がったそれが、布の上に控えめな影を作る。しかも左右両方とも。腕で隠そうとするハンジを優しく制し、リヴァイがさらにふーっと息を吹きかける。じわじわと温まっていく胸に釣られて、ハンジの頭も熱を上げていく。
「ちがくて……しげきが、あったら、勝手に」
「勝手に硬くなっちまうんだろ? 随分可愛い体だよなぁ、ハンジ……」
「えっ」
虚を衝かれた一瞬で縮こまっていた手を取られ、下に導かれる。
「ほら、パンツ履いたままでいいぞ」
「ふぇ……?」
「自分で触ったことあるだろ? いつもどおりでいい。なんなら目ぇ閉じろ。お前のペースで構わない」
何を求められているのか、すぐに理解した。
「目、閉じたら……『見せ合いっこ』じゃないじゃん……」
「別に開けててもいい」
大人じゃないリヴァイに比べれば、大人のリヴァイの物言いはとても柔らかかった。けれど、ドロリとした濁りのなかに鋭い光を走らせる眼球は、大人じゃないリヴァイのそれとは比べ物にならない。
『見せ合いっこ』だなんて、笑ってしまう。視界を塞ごうが開こうが、こんな目で見られるだけでハンジ一人がどんどん丸裸になっていく不公平さなのに。
気が付けば、ハンジの下着の中に指が潜り込んでいた。リヴァイの、ではない。ハンジのだ。柔らかい肉の合わせに軽く触れると、すぐに綻んで蜜が噴き出した。ハンジは目を閉じる。
「濡れてただろ」
「……」
濡れてる。大人じゃないリヴァイが挿入するまでの時間より短く、なおかつより丁寧に解された体は、普段の頑なさが嘘のように涎をこぼしている。
あっという間に濡れそぼった指をそろりと動かすと、芯を持った小さな粒に引っかかった。ひく、と微かに体が強張ったのを、ハンジの両足を太腿で挟んでいたリヴァイは容易く知ったらしい。
「ハンジ……自分が気持ちいいようにしていいんだぞ」
「……ぅ、恥ずか、しいよ……」
「恥ずかしいもんか。こっち見てみろ、ちょっとでいいから」
「ん、」
肘をついたリヴァイがそう言って頭の下に掌を差し込む。助けられて顔を起こしたハンジは、目を開けた瞬間「やめときゃよかった」と後悔した。
リヴァイが、自分の下腹部から飛び出たアレを、思いきり扱いていたからだ。
ハンジの両足の間の、手を含んで膨れ上がった下着のすぐ上で、リヴァイのアレが握りこぶしの中から出てきては引っ込み、引っ込んでは出てきてを繰り返していた。
確かにハンジの「恥ずかしい」なんて目じゃなかった。ハンジのそれが象なら、今のリヴァイの「恥ずかしい」は太陽系だ。
だってこれ、ますたーべーしょんってやつだよね?
自分で自分の性器を刺激して、快楽を得る行為だよね?
リヴァイは、赤黒く丸い先っぽにパクリと空いた口をよりにもよってハンジが見える位置に固定して、ひたすら男根を握って手を上下に動かしていた。明らかにハンジに見せつけている。
『見せ合いっこ』って自慰の見せ合いってことか! 知っていれば加担しなかったのに! と後悔したハンジは、けれどそこから目を離すことができなくなった。
脳も肺も胃もすべて心臓になったかのようにあちこちがバクバクと脈打ち、息もうまくできなくなる。キスもしていないのに口の中が潤ってこくりと喉が鳴った。
ハンジは大人じゃないリヴァイのソレを目にしたことがない。だから想像しかできないが、大人じゃないリヴァイも、同じように自慰を行っているとしたら。
「ん、」
釘付けになったハンジの頭上から小さく声が落ちてくる。大人じゃないリヴァイも、同じように声を漏らしているとしたら──その姿を、すごく見たい、聞きたい。
「一緒に動かしてみるか」
「いっしょに……」
「そうだ。掌ぜんぶでアソコ包んで、ぐっと押してみろ」
言うとおりにすると、足の間の感覚がますますおかしくなった。一人で恐る恐る触ったときも、大人じゃないリヴァイに触られたときも、こんなにジンジンと熱く疼きはしなかったのに。
「っは、ぁ」
「俺の動きが見えるな? 速さ合わせて……自分の触るんだ」
ハンジが慎ましくも指を動かし始めると、リヴァイもそれに合わせようとする。
そこで初めて、筋張った大きな手の上下が膣内での動きを模倣していることに気付いた。つまりハンジの中を想像して動かしているということだ。そしてハンジがリヴァイに合わせて手を動かせば、リヴァイのソレに柔らかい部分を押されて、引っかかれて、刺激されていることを想像しているのと一緒だということになる。
恥ずかしいより何より先に、きゅう、と胸が切なくなった。繋がってはいないけれど、これもきっとエッチの方法の一つなのだ。
「ん……」
指を中の浅いところで上下させ、抜き差しを繰り返す。指ではなくリヴァイの先っぽがそうしているのを想像する。指の腹でクリトリスを抑え、軽く揺らしてみる。やっぱり想像しながら。
ハンジの上で大人じゃないリヴァイが乱れた息をこぼし、やはりハンジの中で動くことを想像して自分のソレを触っている姿を思い描く。それは腹の奥を痛いほど締め付け、『濡れる』の程度にこんなにも幅があるのかと思うほど盛大にハンジの股を濡らした。
大人のリヴァイのソレも次第に水分をまとい始めた。くるくると先っぽをこね回すような手の動きに合わせて、ニチ、ニチと粘ついた音が鳴る。びしょびしょのハンジのアソコと本当に触れ合っているかのようないやらしい音だ。
「っふ……きもちいいな、ハンジ、」
「ん、うっ……」
ハンジの首元に、リヴァイの息がかかる。不規則に刻まれて戻る気配がないのは、言葉どおり「きもちいい」からだろうか。「そうだったらいいな」という願いが、いつのまにかハンジの空いていた手をリヴァイの首へ導いていた。大人じゃないリヴァイと同じく綺麗な首筋を触ると、覆い被さる体が大きく跳ねた。
目が合い、キスをされる。両脚と片腕で体を支えるリヴァイは、それでも危なげなくハンジの口の中を動き回った。ハンジも必死でそれに答える。脚の間の疼きがもっと酷くなり、ハンジの手の動きは自ずと強く、速くなった。湯船をかき混ぜるような水音がひっきりなしに上がっていたが、それがどこから起こっているのか聞き分けることさえできない。
足が断続的に強張り、緩み、何かを溜めている内側に向かってきゅっと縮もうとする。しかしその『溜まっている何か』も徐々に膨れ上がり、腹の中で破裂しそうなほどになっていく。
「ふ、う、ぅぐ、ぅ❤︎」
腰がくねって止まらない。普段はおぼろげにしか意識しない膣を今は明確に感じることができる。誰も通れないほど狭まって、だけど何かを通したくて震えている。
ハンジはまた想像した。何か──その人が挿入ってくる瞬間を。奥まで進んでくる感覚を。
「……ぁ、ーーっ!❤︎」
そして、弾けた。
ハンジの体がびくびくと波打つ様を、大人のリヴァイはいつのまにか腕を伸ばして高いところから眺めていた。もう片方の手は相変わらず自身を慰めている。
「イッたか」
「っ……、ぁ、……」
あ、『イク』ってこれのことだったのか。霞みがかった脳でハンジは理解した。性的な気持ちよさに一応の天井があったことを、ハンジは初めて、身をもって知った。
「次からイクときは『イク』って言えよ。大事なことだからな」
「そ、なの……?」
「そうだ。一緒に飯食うときは、一緒に『いただきます』って言うだろう」
「……。……?…………?」
意味を問う前に、リヴァイがハンジのTシャツの裾をそっと捲り上げる。不思議なことにそれを怖いとも恥ずかしいとも思わない。
「腹まででいい、見せろ……俺もイク」
ハンジは自分で胸が見えるギリギリまで服をたくし上げた。覆いをなくしてヒヤリとしたのはほんの少しで、すぐにそばで熱の塊が動き始める。リヴァイは「俺もイク」の宣言に則ってソレをさらに強く、速くしごいていたが、視線はハンジの顔に固定されていた。は、は、と荒く吐き出される息が、切なげに歪んでいく表情と相まってハンジの胸を苦しくする。けれど恥ずかしくて目を反らすと「こっち向け」と戻されてしまった。
「ちゃんと見てろ、」
「……リヴァイ」
首の逞しさを知っても、そこから下はまだ知らなかった。明るい自然光に照らされた肉体は細身で、なのに隆としていて、強くしなやかを意味する『強靭』という言葉がぴったりだ。その肉体が、ハンジの上で、ただひたすら気持ちよさの行き止まりを目指している。
「ーーハンジ……っ、イッ……ぐっ」
最後の最後までハンジの顔を見つめていた目が、とうとうきつく閉じられる。リヴァイは一度だけ大きく体を震わせ息を詰めた。
え? と思った時にはもう、ハンジの腹に熱が散らばっていた。
終わりは呆気なかった。ハンジにとってはむしろ、終わりからが長く衝撃的だった。
真っ赤に充血した先っぽの口から勢いよく精液が噴き出し、あまつさえびゅるびゅると噴き出し続けたからだ。リヴァイは勢いよく射精した後もソレから手を離さず、白濁した精液を絞り出すように何度も扱いている。胴体で彼の熱い粘液を受け止めたハンジは、頭が真っ白になった。
人間がどうやって生命を創り出すか、この歳になればもうよく知っている。簡単に言えば卵子に精子をかけ合わせるだけだ。人間どころか自然界の法則だ(巨人は除く)。リヴァイといたすようになってからはなおさら性行為について調べた。自然界の法に則らないために、避妊具を使うのだということも。
でもそれだけだ。中でリヴァイが轟くのを感じても、それを上回る痛みで帳消しにされてしまっていたし、目の前で射精の様子をつぶさに見たことなど一度もなかった。
──こんなに、いやらしいんだ。
こんなに。こんなに。滑稽で熱くて息が苦しそうで、夢中で、……気持ちよさそうで。
リヴァイは気持ちよさそうだった。薄く開いた目は虚ろに溶けてどこを見ているかわからなくて、口は半開きで呼吸の音が聞こえるほどに荒い。射精の余韻を受けて、全身が解放的な美しさを湛えている。彼の快感に浸った姿は綺麗だった。
大人じゃないリヴァイはどうだったのだろう。真っ暗な部屋でハンジの中で達する時、どんな顔をしていたのだろう。
ハンジには見えなかったし、リヴァイも見せてくれなかった。
「……はぁ、は……悪い、シャツが汚れて……どうした?」
「え……あれ?」
ハンジのこめかみを涙が濡らしていた。指摘されてから気づくなんて、よほど心の内に渦巻くものに圧倒されていたらしい。渦巻くものの正体がなんなのかわからないのに。
「えっと、あの」
眼鏡の下に指を突っ込み、乱雑に涙をぬぐう。ハンジにわからないのだから、いくら察しのいい大人のリヴァイだって、この涙の意味はわからないだろう。だったらさっさと消し去るべきだ。そしてリヴァイが何かを言う前に話を切り替えなければならない。
ハンジはとりあえず口を開いた。
「リヴァイって小児性愛の傾向があるの?」
美しい身体は、ハンジの横に無残に崩れ落ちた。
「おい、ちょっと待て……そんなこと考えて泣いてたのか?」
「だって、私みたいな子どもの、全然豊満じゃない体で、こういう、」
腹一面を汚す精子を、そっと掬ってみる。とろりと白いそれが糸を引く様に少しだけ感動していると、怖い顔をしたリヴァイが横からすべて拭い去ってしまった。拭うのに使ったのは黒いTシャツである。
「このクソメガネ……『小児性愛』だと? んなもんお前……難しい言葉知ってんな……」
「ごまかさないでよ」
「だが男のことは知らねぇようだ。俺のことはもっと知らない」
肘をついて顔を起こし、いまだ剥き出しのままの子どもの肌に触れながらリヴァイが言う。
「逆だ。お前の顔が載ってたら、どんな体でも勃っちまうんだよ」
「……は?」
「馬鹿みてぇだろ? 馬鹿になっちまったんだ。ガキの俺だってそうだ」
ヘソの周りをくるくると撫でていた手が、だんだん肋の辺りを辿りだす。くすぐったいけれど不快ではない。それよりも、大人じゃないリヴァイのことを出されてハンジは焦った。
「でもリヴァイはっ、いつも一回した後『もういい』って感じで素っ気なくなるし……」
「だってお前、気持ちよくないだろ?」
セックス、とリヴァイが続ける。
そのとおりだ。気持ち良くない。むしろ痛い。一回だろうが、その後もしばらく痛む。でもそれを大人じゃないリヴァイに言ったことはない。
「ガキの俺だって、少なくともお前が気持ち良くないってのはわかってた。けどお前の中が快いもんだから何回も何回もしたくて、実際ちんこも勃ちまくる。でもお前はよくない。ガキの俺が下手なせいで、お前がどう感じているかもわからないせいで、お前はずっとよくなかった」
「そんな、」
「自分ばっかり気持ちよくなってるくせにまだ気持ちよくなりたいと思ってんだ。優しくする余裕すらない。なぁ、馬鹿みたいだろ。……昔だって今だって、罪悪感で死にそうだ」
ありえない、そんなこと。
行為の後にハンジが風呂から出てきたら、大人じゃないリヴァイはいつも拒むように背を向けていて、ハンジを見送る時だって扉から顔だけを出す横着さで……横着なのに、部屋はすぐ隣なのに、ハンジが部屋に入るまで見ていた。けれどそれだけを根拠に信じるのは、怖い。
「……なんで? なんで私の顔で、そんなふうになるの?」
これは本当にハンジの夢なのだろうか。どうしてハンジの知らないことを、知ってほしくなかったことを、ハンジが描いたはずのリヴァイが知っているのだろう。
ハンジの問いに、リヴァイは首を振って答えた。
「それは俺から言うことじゃねぇな。フェアじゃない」
──どうして、知りたいことこそ教えてくれないのだろう。
ハンジが身につけていた服はすべて、どこかしらが精液で汚れてしまっていた。自分で飛ばした体液のくせに「汚ねぇ」と眉を顰めたリヴァイに命じられてシャツとパンツを脱いだハンジは、脱いでから自分が全裸になったことに気づいた。
「あれっちょっと待って」
「いいぞ」
と言いながら、リヴァイが脱いだばかりのハンジの服を背後に放り投げる。何食わぬ表情で凄いことをした彼にハンジは絶句した。この場に存在する衣服はリヴァイの牙城の向こうへと消えてしまったのだ。
「さて。そろそろ俺がする」
しかも結局待たないときた。完全にゴロツキのやり方だ。本当は最初から最後まで主導権を握っているタイプなのだろうか。『主導権を握っている』という余裕がなければ、あれほど相手の反応を尊重はできない。そしてハンジは、彼にこうやって攻められることを求めていたのだろうか。
わからない。そもそもハンジの夢のはずなのに、大人のリヴァイは最初からその制御の外にあった。大人じゃないリヴァイをベースに考えても行動が予想できないのだ。
何をされるのかと怯えるハンジに、リヴァイが手を伸ばしてくる。そして乱れてくしゃくしゃになっていた髪を優しく梳かした。たったそれだけで、一度イッた後の体が簡単に緩む。
「大丈夫だ。俺の指と舌はもう覚えたろう……怖くねぇな?」
「……うん」
怖くはない。ただ、不安だった。
リヴァイは中途半端に脱ぎ掛けていたスウェットを足から抜くと、ハンジと向かい合って横になった。昨晩は寒々と感じていたシングルサイズの布団に、その空きを埋めてなお有り余る大人の体が横たわっている。ハンジは自分が眠る前に望んでいたことを思い出した。
短く深いキスをした唇が、そのまま下へと降り始める。
リヴァイの持つ手は、彼が大人であること以上に、男であることでハンジの手と大きく違っていた。柔らかくはあるけれど、それは肉ではなく皮膚の柔らかさだ。ふっくらとしたハンジの指と違って骨の存在を強く感じる。掌の表面は厚くて固い。肌を辿られると見えない痕が残っていくようだ。
彼はまずハンジの首を包んで温めた。人差し指で耳の下をさらさらとくすぐられ、思わず頭を後ろに反らしたところで親指で喉仏を弱く揉まれる。途端に体がとろけるような怠さに包まれ、思わず目を瞑る。
「ぅ、にゃ……❤︎」
「いい子だ、ハンジ。気持ち良くても悪くても、素直にそれを表せ。セックスはそうやって作ってくんだ」
放心しながら頷く。こんな場所でこんなにも気持ちよくなるなんて思いもしなかった。
顎に啄むようなキスをされると、ハンジはそれでもか細く泣いた。母を呼ぶ子猫のような声で。しかしやって来るのはどこまでも男の愛撫だ。鎖骨には唇の表面で滑るだけのような触れ方を何度もされた。くすぐったさがだんだん深度を増して、もどかしさになり、また脚の間が疼いてくる。片手で膝をくすぐりながら彼が囁く。
「ここはあとでちゃんとしゃぶってやる」
それだけで、とろりと溢れるものさえあった。
リヴァイは相変わらず胸に対しては紳士だった。ハンジが持つ本当にわずかな膨らみの合間に機嫌をうかがうようなキスを繰り返し、安心させるように背中を抱きしめる。
あれだけ頑なだった胸が、両手で覆われて温められ、たっぷり濡れた舌に輪郭を撫でられただけで未知の感覚に震えだした。
「ひ、ん、……ぁ、あ……」
勃ちあがった頂点を、今度は直に見つめられる。ぽってりと赤いそこに、同じくらい赤い舌先が触れた。その始終をハンジは見つめる。リヴァイの舌の動きと、ハンジがおぼろげながら胸で感じるものが一致していく。リヴァイがハンジの顔を見上げた。見上げながら、ちろちろと舌先で乳首を弾いた。
「……ん❤︎、んっぁ、う……❤︎」
大人じゃないリヴァイも、潔癖のくせに胸だけはよく舐めていた。ハンジのそれなんて、見ても触れても楽しみを得られるようなものではないだろうに。
けれど彼と違って、大人のリヴァイはけっして敏感なそこを摘んだり押したりしない。指先を舌と同じく優しく左右に動かして弾いたり、接するか接しないかのギリギリの距離で吐息だけで肌を舐めたり。ほんの些細な刺激だけでハンジを悦ばせようとする。
下腹に溜まっていく熱に「またアレが来るのかな」と思っていると、リヴァイの頭はさらに下へと降ってしまった。取り上げられた快感に、しばし呆然とする。
……あ、そっか。私『気持ちいい』って言わなかった。
リヴァイが言っていたじゃないか。『気持ちよくても悪くても、素直にそれを表せ』と。セックスはそうやって作っていくのだと。
鳩尾にキスを繰り返すリヴァイの頭を緩く抱いてぼんやりと、こういうことか、と合点する。『イク』も『気持ちいい』も一緒だ。
ハンジは今、美味しそうなご馳走を一人で食べようとしていたのだ。作ってくれたリヴァイを無視して。それに気付かなかったリヴァイが「チッ、まだ未完成じゃねぇか」と皿を持って行ってしまった、と。
なんだかおかしな気持ちになって、くふふ、と愉快さを乗せた息が漏れる。
大人のリヴァイはハンジのその笑みを、ヘソの周りを弄ったためだと思ったらしい。真剣な顔で「くすぐったいところは性感帯になる」と的外れなコメントを零していた。
仰向けの体を一通り、足の先まで撫で回したリヴァイは、最後にへとへとのハンジの両足を丁寧に押し広げた。唯一避けられていた秘部が、とうとう彼の版図になる。
「……」
「……りばい……」
「なんだ?」
「なんで、何も言わないの……」
日のあるうちに抱かれたことのないハンジには、明るいところでそこを晒す経験も初めてだった。大人のリヴァイは酷いことをされても喜べるくらい大人のハンジを抱いているらしいから、そこを見る機会だって何度もあっただろう。
ハンジのそこは、やっぱり大人のハンジより足りないのだろうか。胸の中にそんな心配が起こる。
「こういうところについてはな、迂闊に何か言うもんじゃねぇんだ」
「そうなの……?」
「そうだ。現にお前、今デカいハンジと自分を比べただろう」
悔しいほど図星である。そして納得する。
そうか、例えばリヴァイがハンジのそこについて何か言ったとしても、ハンジは必ず大人のハンジとの比較をそこに見出しただろう。……あるいは、大人のハンジ以外の誰かとの。
「強いて言うなら……ギンギンになった」
「ギ……、え、なにが?」
「ナニが」
問うが早いかリヴァイが「おら」とハンジの腕を引っ張る。助けられて起きた先で、リヴァイ曰くのギンギンになった男性器が屹立していた。
やめときゃよかった。
ハンジはまたベソをかきそうになった。
先ほどの『見せ合いっこ』の時など比ではない大きさのそれが、リヴァイの綺麗に割れた腹筋にぶつかるほど立派に勃ち上がっている。「自立してるよぉ……レッサーパンダの直立かよぉ……」というハンジの涙交じりのうわ言にもそれは倒れることなく、ついでにリヴァイも「レッサーパンダ? もともと四本脚で自立じゃねぇのか?」と冷静なコメントを返してくる。
まったくもって馬鹿みたいだが、それで緊張がほぐれた。
要するにリヴァイは、『何か言うなら相手についてじゃなく、自分の状態を言え』と伝えたかったのだろう。ハンジの補足が九割を占める訓えだった。
「すぐには挿入れねぇ。まずは指だ」
ハンジのそこは今までに経験したことないほどの疼きを覚えていた。意思とは関係なく締まったり緩んだりを積み重ねて、もう痛みすら感じるほどになっている。腫れぼったくてなんだか重たい。
鼓動に合わせてじんじんと鳴るそこが、リヴァイの『指』という単語に反応してリズムを崩す。指だって異物には違いないが、ハンジの胸に起こったのは期待だった。
大きく開いた脚の真ん中の溝、そこを囲うぷくりと膨らんだ左右の肉を、リヴァイは親指で割り開いた。ハンジにはもう抵抗する体力もない。そんなことをしなくても、彼は乱暴など働かないだろうという確信もあった。
指が、するりとそこを撫でる。濡れすぎて摩擦の感覚すらない。なのに気持ちよさだけは敏感に拾ってしまう。
「あぁ、っ……、ん、」
ハンジが自分で触ったことのある浅さまで進んできた指は、けれどそれ以上はもう進もうとしなかった。その場で小さな生き物の呼吸のように、穏やかで微かな動きを繰り返す。ハンジの腹の奥がすぐに「足りない」と泣き出すほど。
「ふ、ぅ、っりば、い、ぁ」
「なんだ?」
ふらふらと辛うじて上半身を起こし、目だけで心情を訴える。しかしリヴァイは僅かに眉根を寄せて見返すだけ。そこに浮かぶのは純粋な気遣いだ。
「ーー痛ぇか?」
「ちが、くて、」
視界に入れてみれば、予想以上に卑猥極まりない光景だった。ハンジの両脚はリヴァイの腿を跨いで恥ずかしげもなく広げられ、薄く色付いたその真ん中は緩やかな丘の形をしており、頂上だけが小さくへこんでいる。丘の向こうにリヴァイの掌が見えた。入り込んでいる指は見えないが、位置的におそらく中指なのだろう。掌の向こうにはさらにそびえ立つアレが控えている。順番待ちをしているみたいだ。
と、リヴァイが中から退いた。
「あ、うっ」
「もう少し外から慣らすか……悪かったな」
「〜〜っ!」
違う、違う違う! そうじゃなくて、もっと深く欲しい。急には怖いけれど、ゆっくり、自分で自分を食い締めて飢えをしのいでいるハンジの中に、与えて欲しい。なんでわからないの。なんで……。
泣きわめきたいほど苦しい気持ちでリヴァイを見遣ると、彼はハンジと同じ強さの、静かな眼でハンジを見つめていた。
再び、あ、と思う。
先ほど理解したつもりだったそれに、さらに新しい理解が重なった。
リヴァイは待っていたのだ。ハンジが知らせるのを。ハンジの素直な反応を。正直な気持ちを。この体に起こっていることのすべてを。
エッチは、リヴァイ一人に作らせる料理じゃない。ハンジとリヴァイの二人で作りあげていくもの。
──『二人でイイと思ったことをしてきたからだ』
ハンジだって、それに応えたい。
「ゆび……りばいの指、気持ちいいからもっと、いれて……」
「どこに? 口か?」
意地の悪い指が伸びてきて唇をひと撫でする。ハンジはとうとうがむしゃらに首を振って叫んだ。
「ちがう! 私のここ!……お願いっ……!」
両脚に力を込めて踵に体重を乗せ、腰を浮かせてびしょびしょに濡れたそこをリヴァイに示す。とにかく欲しくて、それをリヴァイに知って欲しくて、無我夢中だった。
「ああ、ここか」
「っ……!」
浮いた腰を片手で優しく抑えられたかと思うと、リヴァイの指がハンジの中に埋まっていた。先ほどよりずっと深い。でもまだもう少し浅い。ハンジは体を伸ばして鳴いた。
「あぁぁっ、……❤︎ りばいっ……!」
「そうだハンジ、そうやって腰を上下に動かせ」
ハンジは言われるままに動いた。
大して激しい動きでもなかったが、腰を上下に振ると、位置を固定したリヴァイの指で中が掻き回された。ハンジの喉を甘い声が抜けていく。薄い布団に尻を押し付けると、指の腹に上部を、敷布団を通して伝わる畳の硬さに下部を刺激されてひどく気持ちがいい。ハンジはもう我も忘れて下半身をくねらせた。
ぬぷ、ぷちゅ、と空気を潰す音がする。リヴァイの掌が秘部全体に触れる。指がそれほど深く埋まっているのだ。ハンジのそれでは届かないところまで。
リヴァイが少しだけ動き、ナカでぐるりと指を回した。触れられた壁はどこもかしこも悦んできゅうきゅう締まり、ハンジの意識もかき回される。
「あ❤︎、あぁぁ、っん、んん……っ❤︎」
「指どんどん飲み込んでくぞ。素直で欲張りだな……お前そのまんまだ」
赤く染まっていく脳内に、リヴァイのその言葉がまっすぐ差し込んでくる。
素直で欲張り。本当にそうだ。今までだって、布団の外でだって、ハンジは自分の『欲しい』と思う心に従順だった。痛い目を見ても他人に笑われても厭われてもずっとそうしてきたじゃないか。
──じゃあ、〝彼〟のことだって、
「! ひっ、あ、ーーっ❤︎❤︎」
腹の中が轟いた。微弱の電気を当てられたかのように下腹の筋肉がビクビクと震え、柔らかい壁が幾度もリヴァイの指を締め上げる。それでも失くならない強烈な存在感に、ハンジの全身はさらに電気に貫かれた。
「っ……は、はぁ、ふ……」
強張っていた体が、ようやくゆるゆると解けていく。ズレているとはいえ眼鏡をしたままなのに、ハンジの視界ではどこもかしこも輪郭が溶けていた。聞こえるものが自分の呼吸と心臓の音しかない世界に、不意にリヴァイが現れる。
「ハンジ」
いつのまに汗をかいていたのだろう、額にぺたりと張り付いていた髪の毛を避けて、リヴァイはそこになんの躊躇もなく唇を落とした。
「きもちよかったか」
うん、と頷こうとして、失敗を思い出す。
「りばい……ごめんなさい、イクって言わなくて……」
「気にするな。俺もさっき言い損ねた」
「あれ、そう……?」
息を整える間、リヴァイはずっとハンジの頭を撫でてくれていた。
その手を気にしながらも、ハンジはイク直前に眼裏に結ばれた像を懸命に思い出そうとした。けれどそれは、そこにあったという痕だけを大きく遺して二度と形を成すことはなかった。