2.
2.
ガチャン。
「……悪い」
「ん。平気」
リヴァイの置いたトレイが、向かい合って座るハンジのトレイにぶつかって小さく音を立てた。載っている食器が揺れただけで掃除騒ぎになることもなく、周囲は気にも止めていない。リヴァイも何事もなかったかのように席につく。その目が一瞬だけ、つ、とハンジに投げられた。
正確に言えば、ハンジの胸に。
(……こういう所では、やめろって)
反射的に胸の前でスプーンを構えながらも、ハンジは他人にはわからぬ程度に頷いてみせた。それはリヴァイの『頼み』を受け入れた証に他ならない。
すぐさま欲望を隠しこんでしまったリヴァイに対して、ハンジはそうはいかなかった。体は意思に反してじわりと熱を持ち始め、目だけで舐められた胸が下着の中で先を尖らせ、じんじんと疼きだす。
ハンジは今、まったくもって厄介な問題を抱えていた。
壁内は初夏を迎え、昼間に温められた空気が夜も優しく肌を撫でるような日が続いている。
ハンジがリヴァイの『胸をいじらせてくれ』という頼みを聞いた日から、既に一ヶ月以上が経過していた。爽やかな朝に無言で交わされた約束は、今夜の六度目の逢瀬のためのものだ。
六度目。六度目である。
当初は一度で終わるものだとばかり思っていたそれを、二人はもう五度もこなしているということだ。
単純に考えれば、ハンジの胸はリヴァイを五度も満足させてなお有り余る魅力を持っている、と言えるのかもしれないが、状況はそう簡単でもなかった。
過去五度にわたるやりとりを、ハンジは火照る体を鎮めながら思い返す。
**
最初の夜、かぶりついたリヴァイの動きを早々に止めてしまったのはハンジの盛大なくしゃみだった。
頭に吹きかけられた飛沫への不快感か、それともハンジが風邪をひく可能性を心配してか(おそらく両方だろう)リヴァイはその時点で「十分だ。助かった」とあっさり体を離してしまったのだが、それを止めたのもまたハンジだった。
「待って、駄目だよ。ちっとも十分じゃない」
「俺が十分だと言っているんだ。何が駄目なんだ」
「明らかに私がくしゃみをしたから興が削がれたってタイミングじゃないか。本当に満足したの? それって悔いなき選択かい?」
「……お前な……」
「あーわかった。じゃあ日を改めるってのはどう? じきに暖かくなるから、それからなら風邪をひく心配もあなたが鼻水に塗れる心配もない。ね?」
その時のハンジは、同僚で同志で戦友で大切な友人でもあるリヴァイの願いを、なんの憂いもない状態で叶えることに躍起になっていた。一度で済んだものが二度に増えたなどとは微塵も思っておらず、あくまで『仕切り直し』のつもりだったのだ。
「ハンジ。今夜、いいか」
「は? 何が?…………ああ! うん! わかったいいよ!」
「風呂入って来いよ」
その年初めての壁外調査が終わってしばらく後、人気のない廊下でリヴァイに問われた瞬間うっかり忘れていた約束のことを思い出した時も。言われたとおりに体を清める最中、「また舐めるってことか」と気付いた時も。リヴァイの部屋へ訪れ、ベットの上に登った時も。
ハンジはやる気満々だった。
何かがおかしくなったのは、おそらくあの時だ。
「っ……リヴァイ、ちょ、それ」
「なんだ?」
「や、なんか、くすぐったい」
「……そうか」
リヴァイの指が、肋骨から左の乳房の頂点までを何秒もかけてのぼり、また下る、という動作を繰り返した時。ハンジが彼の肩に手を置きその動きを止めたあの時から、今思えば、何かが変わってしまった気がする。
制止を聞き入れられたことに安堵したのもつかの間、前回と同様に抱きしめられたと思うと、ハンジはもうベッドに押し倒されていた。突然の動きに驚くも、リヴァイは当然のようにその手で乳房を包む。
──そこからはもう、思い出すだけで窓から飛び出したくなる。
奇抜な頼みを聞いて体を差し出しはしたものの、リヴァイはやはり、ハンジの中で友人の域を出ない男だった。その彼が、やおら全身から熱を立ち昇らせ、普段は衣服の下にしまわれて特に役にも立たないハンジの女の部分に夢中になりはじめたものだから、間近でそれを見たハンジが唖然としたのも無理はない。
リヴァイは下乳に鼻を埋めてこれを押し上げ、感触を楽しみ、揺らし、脂肪をたくわえてふわふわとした皮膚を舐め、啄ばみ、乳輪の周りの色が変わる境目を舌でくるくると撫で回した。
指で弄ばれただけで既に小石のように凝っていた乳首については、今度は徹底的に避けていることが嫌でもわかる触り方をしてくる。
触れられないだけ感覚が鋭くなっていく気がしてハンジは焦りを覚えた。
「ぅあ……っ」
と、左の肋骨の並びをじっくりと、一本一本唇で辿られ、胸の膨らみの初まりから頂点までを舌で一気に踏破される。ハンジが先ほどくすぐったくて嫌がったやり方だ。
「ちょ、それ、や、ひっ!」
抗議しようと口を開いた瞬間、リヴァイが見計らったように左の乳首に吸いついた。今度はくすぐったいなんてものじゃない。
熱い口内に招き入れられた部分からぞわりと寒気が起こり、寒気を追って何か──体の芯が絞られるような何かが、全身に広がっていく。額と背中が壊れたように熱くなる。
リヴァイは乳首を含んだまま口内でべろべろと舌を動かし、硬くなった乳頭を左右に弾いたあと潰すように乳房に押し込んだ。そんなことをされるとむず痒くて仕方がない。
「う、んっ……」
かと思えば、唇で優しく挟み、ゆるぅく揺らし、微かな刺激で身悶えるハンジをじっと見つめながら休みなく刺激を与え続けてくる。
乳房全体を吸われたまま引っ張られた時は、さすがに「ちょっと!」とその頭を叩いたが、驚いたリヴァイの口から離れたものがぷるりと震えながら元の場所に戻ったのを見て「もうどうにでもなれ」と顔を覆った。
恥ずかしくて死にそうだった。
「……なんだ? やめるか?」
「うっ……ううん……続けてくれ」
「ハンジ、」
「ごめん、なんかすごく、恥ずかしくて。でも嫌とかじゃないんだ。ちゃんとする。だから……して。あなたが、満足するまで」
「……──わかった」
語尾は震えていたが、リヴァイはきちんとハンジの意図を汲んでくれた。
おかしなことに、これだけ羞恥にまみれて困惑を極めても、ハンジはこのやりとりをやめてしまいたいとは思わなかった。たぶん、リヴァイの頼みだったからだ。彼がハンジに叶えてほしいと、望んだ頼みだから。
そう強く思って止まないこと、それ自体に疑問を覚えそうになったところで、リヴァイの声がハンジを呼び戻す。
「ハンジ」
「ん?」
「すごく……綺麗だ」
「うん……おっぱいが、ね」
「あなたって本当に私のおっぱいが好きなんだね」とハンジが笑うと、その言葉を肯定するかのように乳房にキスをしたリヴァイだったが、彼はその後もハンジがくすぐったくて触れられたくない場所を徹底的に攻め立てた。ハンジは泣いた。
こうして二度目のお願いは、リヴァイが「首が疲れた」と身を起こしたところで終わった。
てらてらと光る乳房を満足げに拭う彼が「また頼んでもいいか」と問うた時も、緊張で疲れきった体をほぐしつつハンジは二つ返事で了承した。
満足するまで、という条件を自ら提示した以上、ハンジがリヴァイの二度目の願いを受け入れるのは当然のことである。失敗は『満足とはどのような状態を指すのか』を明確に決めなかったことだ。
──三度目を境に、夕焼けのように混じり合った色の二人の逢瀬は、はっきりと夜のそれになった。
最初からあからさまに音を立てて胸を弄りだしたリヴァイに、ハンジは恥ずかしさから早々に視覚を閉ざした。いっそ眼鏡を外してしまおうかとも思ったが、裸眼を見られることにも抵抗があったため目を瞑るのみにする。
が、そうすると他の感覚が否応なしにリヴァイへ、彼の与える刺激へと集中してしまう。
今回も左から舐めはじめたリヴァイは、同時に右の乳房にも手を伸ばし、微妙にリズムをずらしながら二つの乳頭を弾いてハンジを苛んだ。
左右からの予測不可能な攻撃と、絶え間なく響く、じゅぷ、ちゅ、などと唾液を滴らせた音が体内の奥深くまで届き、ひきりなしにそこを叩いていく。
「ん……っく、ぁ……」
馴染みはないが知っている感覚が、ハンジの体に満ち始める。腹の奥底がきゅうきゅうと切なくなって、男の固くて熱い器官であれこれされるのを待ちわびている、あの感覚。
性的興奮だ。
予想していなかったわけではないが、『むず痒い』『くすぐったい』という感覚しか叫ばなかった体の変化はやはり不思議だった。ハンジの胸はリヴァイの動きにいちいち過敏に反応して、足のあいだの奥で別の生き物のように動く器官へと間断なく熱を注ぎ込んでくる。
ハンジは、くねりそうになる腰を必死に抑え、どうしても溢れる声を押し戻すために両手で口を塞いだ。腕に挟まれた胸がますますリヴァイの眼前に山をこしらえてむにむにと踊ったが、気にしている余裕もなかった。
「……」
「……っはあ、ふ、」
「おい、ハンジ」
「……? なに、ぃいっ⁉」
呼ばれて答えたのがいけなかった。口を開いた瞬間、リヴァイが左右の乳頭を捻ったのだ。しかもそのまま、くりくりと転がしはじめる。
「う、ぁあ……!」
必死で押し留めていた快感が、体の真ん中を一直線に抜けていく。ハンジは喉を逸らし、短くとも甘ったるい声を上げてしまう。
それでも、リヴァイはやめない。
「あん、あ、っやだリヴァイ、それ、そこさわん、ないで」
「ほう。どうして」
「もおおぉ! くそ! ばかっ、んんっ」
強くいじられて真っ赤になった乳頭に、リヴァイがさらに舌を絡める。痛みになる直前の刺激で震えていたそこを今度はざらりとした表面で舐められ、ハンジの脚の間は寝間着の中で盛大に濡れた。
口を塞ぐことを思い出して動いた手が、リヴァイによっていとも簡単に留められる。両手ですら対抗できないハンジと違い、リヴァイときたら片手で難なくハンジの動きを制し、もう片方の手で乳房を中心に寄せて同時に舐めしゃぶったりするものだから、ハンジは茹だった頭で「こういうところが人類最強所以か?」とカスのような思考をまとめることしかできない。
リヴァイの舌は、ハンジを追い詰めてなお絶好調だった。
胸の丸い輪郭をぐるりと辿った後、唾液を滴らせながら脇へと滑っていく。
「えっ……そんなとこも舐めるの?」
「ここも胸の一部だろ」
「んっ……や、脇じゃないかな……?」
と、リヴァイが舌の広い部分を使って、脇の窪みをぞろりと舐めあげた。
「ひゃいっ、んっ」
ぞくぞく、と音が聞こえるのではないかというほど震えたハンジの胸全体に、ぶわりと鳥肌が広がる。
「ほらな。神経繋がってんだ、胸だろ」
何言ってんだよ、脇だよ。
リヴァイがたまに炸裂させるこの屁理屈に、ハンジはどうにも弱い。なんとなく本気で言っている気がするのと、親しい人間にしかわからない程度に満足げな顔をするのがとても愛しくて反論する気が削がれてしまうのだ。やっぱり人類最強、削ぐのがお上手。
訂正の機会を逃したことでリヴァイの舌の版図はその後も腹部や頸部にまで及んでいったのだが、ハンジはそれよりも、ある疑問に思考を占領されつづけた。
なんか、おかしい。
リヴァイの目的は『おっぱいを弄りたい』という嗜好を満足させることのはずだ。
だというのに、
「り、りゔぁい、そこはやめろってほんと、お願いだから……あ、あ」
鳩尾をひたすらベロベロと舐め啜られたり、両方の脇をくすぐられたり、鎖骨をかじられたり。
ハンジが泣きそうになりながら攻めから逃れようとする部分を、リヴァイは逆に執拗に狙ってくるのだ。しかも、ハンジの顔を凝視しながら。
単純におっぱいという造形物が好きなだけなら、極端な話、壁に立派なおっぱいが生えていたらそれでいいのだろう、くらいのものだと思っていたハンジだが、リヴァイは壁と同等であるはずのハンジの反応を一つ一つ吟味しながら、あくまで優しく触れてくる。
(……持ち主が気持ちいいと、おっぱいが柔らかくなるとかかな……)
そんなことまで考える始末だった。
ハンジが初めて快感を得てしまった三度目は、やはりリヴァイの「どうにも首が疲れやがんな」の言葉で終わった。
そうかよ。私は身も心も疲れてるよ。と罵りたいのを我慢して、ハンジはぐったりとベッドに沈む。
胸はもう先っぽどころか全体的に濡れそぼって、頂点は腫れぼったく赤くなっていた。呼吸に合わせて上下する様はハンジ自身ですら淫らに思える。びっしょりと濡れた下着が気持ち悪くて、ハンジは密かに脚を擦り合わせた。
その様を眺めながら、リヴァイが夢を見ているような、どこか覚束ない表情で言う。
「……綺麗だ」
鼓動が速まる。
「あぁはは、ありがとう……」
服を着るために起き上がり背を向けた後も、リヴァイがじっと見ている気がする。ハンジ自分を叱咤した。
綺麗ってのは私のことじゃなくて、おっぱいのことだよ、と。
四度目の夜、首の疲れを避けるためにリヴァイが提案したのは、ハンジが上になることだった。
つまり仰向けに寝転がったリヴァイの体を、顔の位置ちょうどにおっぱいが来るようにしてハンジが跨ぎ、その姿勢を保つということだ。
体を支えるためについた両肘の間でリヴァイが目の前に垂れてきた胸を鷲掴みにして吸ったり揉んだりなんだりする……客観的に自分たちの姿を想像したハンジは窓から飛び出して落下の衝撃で地面に埋まりたくなったが、その日も結局、リヴァイに与えられる快感をやり過ごすのに必死になった。
「ふ……は。……なあ、牛の下に寝ると、こんな感じになると思うか」
「んっ……こっ、今度、やってみれば……ぁ、く……」
阿呆みたいな会話が挟まった気がするが、思い出したくない。
重力で下に向かう胸の肉を、リヴァイはそれこそ牛にするように、優しく絞るように愛撫し、何も出ない先端を舐めまわした。
ハンジもまたそれを見下ろしながら、狂おしいほど胸を高鳴らせる。
リヴァイが日のあるうちに他人の前で繕う、硬く締まった兵士としての表情と、今の彼とは全く違う。
上気した肌にも色の変わった瞳にも汗の浮いた額にも、必死にハンジの胸を求める男の欲望しか見出せない。人によっては滑稽とも目を逸らしたくなる光景ともとられるだろうそれに、言いようのない愉悦を覚えてしまう。
暴れる心臓が乳房を通して伝わりはしないかと、ハンジは余計な心配事にいっそう息を詰めた。
手で口を塞ぐことができず、腹筋を固く閉めて声を抑え続け、おまけに逃げる体を引き寄せようとするリヴァイに何度も何度も尻を掴まれたのもあって、ハンジはいつも以上に汗と疲労と唾液と燻る欲にまみれ、ぼろぼろの状態で四度目の夜を終えることになった。
荒い息を吐きながら睡魔に引き摺られそうになる、その耳元に、いつもの声が落ちてくる。
「──綺麗だな……」
(やめてくれよ、リヴァイ)
一級品のものである(らしい)おっぱい以上の価値が自分の中にあるのだと、勘違いしてしまいそうになる。
「……眠っていくか?」
「いや……帰るよ」
優しく感じる声が、今はなんだか胸に痛い。早く自分の部屋に帰って、冷たく乾いたシーツにくるまりたい。そうして勘違いを消してしまいたかった。
四度目の少し後、ハンジに月のものが来た。
いつからか、リヴァイの意味深な目配せはハンジへの『お伺い』である、という暗黙の了解が出来上がっていた。
「胸が張って痛いから」という理由で断った時、リヴァイは物わかりよく頷き、体を冷やすなとかなんとか言って去っていった。
一週間ほど夜を離れて過ごしたが、それだけでもう数年も人肌に触れていないような寂しさに襲われて、ハンジは自分のいやらしさにほとほと困り果てた。
「ねえ。……あの、終わったんだけど」
会議の終わりに部屋で二人きりになったところで、ハンジはリヴァイの腕をつついてそう伝えた。声に媚びが滲んでいないか不安だったが、リヴァイが当たり前のようにハンジの胸に手を伸ばしてきたのでそんなものは一瞬で吹き飛んだ。
「うわっ、なに⁉」
「もう、痛くねえのか」
シャツ越しに優しく、掌で温められるように触れられ、胸からとろけそうになる。そんな感覚は初めてだった。
「う、ん……もう全然、平気……逆になんか、ムズムズして……」
「そうか……」
ジャケットの下に潜り込んだ指が、脇と胸の膨らみの間に走る立体機動ベルトに伸び、かりかりと引っ掻いた。かすかに響く振動に何を期待してか、鼻から甘く声が抜けそうになる。息を乱すハンジの眼下で、ゆっくりと這い回る手が、指が、衣服の下で尖る敏感な部分を探りあてた。そのまま、きゅ、と柔くつねられる。
「あっ……」
「じゃあ、今夜だな」
「ん……、あ、リヴァイ、ここじゃダメだって」
今夜と言いつつこの場でおっ始めようとするリヴァイを慌てて引き剝がし、ハンジはその場を走って後にした。見ればボタンが一つ外されていて、よくわからない涙が滲んだ目尻をハンジは乱雑に拭った。
そんなこんなで、五度目。
久々の逢瀬にのぼせたハンジは、ちょっと突飛なことを思いついて実行に移した。リヴァイの元に下着をつけずに訪れたのだ。
ボタンを外してすぐに生の肌が現れるとリヴァイは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに唇をまっすぐと結び、剣呑な鋭さを眦に登らせる。
期待が明け透けだっただろうか。
さっと青ざめたハンジだったが、いきなり担ぎ上げられ、彼の胡座をかく脚の上に載せられて胸に顔を埋められたところで「喜んでくれたのか」と一安心する。
その夜ハンジは、今までで一番密にリヴァイと触れ合うことになった。
外面を早々に放棄して胸に溺れ始めた男をいつも以上に可愛く感じ、あやすように頭を撫でながら、ハンジもすぐにリヴァイの動きに翻弄されていく。
背筋を登り、肩甲骨を包み、脇を通って横乳までを撫で上げた厚みのある両手が、シャツを羽織ったままのハンジの乳房を揉み、布越しに乳首を刺激する。昼間のやり直しだと気づいたハンジはその先を期待してぶるりと震えた。直接でない分いつもより強く捻られ、爪でかりかりと引っかかれる。
シャツの上から舌でねっとりといたぶられた後、とうとう唾液で濡れたそこを甘く噛まれ、ハンジははしたなく声を上げて背を逸らした。
ハンジとて過去に性行為の経験もあるが、手慰みにもならない体にかける時間も手間もないと判断されていたのか、相手はいつも最低限濡らすだけで内側に入り込んできた。胸をいじられるなんてことはもちろん、それで溶かされた記憶なんて全くない。
ハンジだってそれで十分だった。男のために必要以上に体を熱くすることなんてなかったのだ。
自ら左右の乳房を寄せて男の舌を待ったり、言われるまま自分で胸を弄ってそれを見つめられたり、両腕を頭上にまとめた疲れる姿勢でひたすら脇を嬲られるのに耐えたり、
──あれ?……いやいやいや。やっぱりおかしいだろう。
ハンジの一部は冷静にそう叫ぶのだが、(リヴァイ曰くの)胸を弄られるたびに、訴える声は小さくなっていく。
「ああ、あ、りばい、りゔぁい、おっぱい、ジンジンする……苦しい……」
「そうか。どこをどうすれば楽になるんだ? ここか?」
「あん、くっ、や……それいや」
「オイオイ押し付けるな、溺れちまうだろうが……」
ハンジのおっぱいは溺れるほど深くない。が、胸元に口を埋めて熱い息とともに吐き出される言葉は、内容いかんにかかわらずハンジの脳髄をどこまでも痺れさせた。お手軽にもほどがある。
あんなに我慢していた声も今はあられもなく放たれ、リヴァイの部屋の天井や壁に当たってハンジ自身に返ってきた。
──ひきりなしに与えられる胸への刺激とは別に、その夜はもう一つ、ハンジの脳をどろどろに溶かすものがあった。
対面座位で向き合う二人の重なった場所。びしょびしょに濡れたハンジの溝に押しつけられる、熱くて硬いもの。
(……リヴァイ……勃ってる……)
リヴァイとハンジがしているのは、性行為の前戯にも似た性的嗜好を満足させるための行為だ。体が勘違いしても仕方がない。現にハンジだって濡れまくっている。だったらリヴァイだってそうなってもおかしくはない。
どうして今までリヴァイの変化に気づかなかったのか、そっちの方がハンジにはむしろ不思議だった。
ハンジの柔らかいそこと屹立したものが触れ合っていることに、リヴァイは何も言わなかった。ただただ胸を弄り、胸以外も弄り、喘いで鳴くハンジの顔を下から見つめている。
ハンジは知らず、腰をリヴァイに押し付けて何度も揺すりあげていた。リヴァイの硬いものを使って自分を慰めているのと同じだった。が、やはりリヴァイは止めない。
代わりに、ハンジの鎖骨をきつく吸い上げて囁いた。
「綺麗だ、ハンジ。……かわいい」
「〜〜っ‼ 」
耳からか、言葉を理解した脳からか、やはり胸からか、それとも今日初めての場所からか。どこかを出発点にしてハンジの全身に痺れるような衝撃が何度も走り、それらは最終的に腹の奥に集まって子宮を切なくしめつけた。
隙間が満たされることを待って、ハンジの女が痛いほど蠢めく。
体のあちこちで起こった小さな爆発が眼裏に映し出され、リヴァイにしがみついたまま、数秒、意識がとんだ。
「……はっ、は……」
とうとう達してしまった事実と、それをリヴァイに見られた事実で、ハンジの頭は快感の余韻以上に真っ白になる。
リヴァイは力の抜けたハンジを抱え、ゆっくりとベッドに寝かせた。けれど、それ以上は何もしようとしてこない。
ただ息を整えるハンジの髪をかきあげ、肌蹴たシャツのボタンを止めようとする。冷えていく体に、それがひどく寂しい。
「……あなたはいいの?」
「なにがだ」
「これ……」
寝転がったまま、熱く膨らむそこに手を伸ばす。が、届くことなく止められた。
「いいんだ、コレは。気にするな」
(……いいのか)
実際勃ってるのに。あられもない所で擦ってしまったのに。いいのか。
それはハンジが、性行為の相手には値しないということだろうか。
一人顔を歪めるハンジの寝間着を、リヴァイは時間をかけて整えた。胸に唇を落とし、ボタンをかけて、また唇。一番上に来るまでそれの繰り返し。
すべてかけ終えたら、今度は鎖骨にキスを落とす。そのまま首筋を辿るように登り、顎の線をなぞる。
──目が合う。
リヴァイの親指が、ハンジの唇にかかった。血を昇らせて大きく色づいているであろう下唇が二、三度撫でられ、やわく潰され、顔が近づいてくる。互いの吐息を感じる距離に。
リヴァイの瞳に映るハンジが、大きくなっていく。
「……〝ここ〟も、おっぱいなの?」
そのときの自分がどんな答えを期待していたのか、今はわからない。けれどハンジは、その接近の意味をどうしても問わずにはいられなかった。
リヴァイはピタリと動きを止めた後、瞳の熱を急激に冷ましていく。
「…………ここは……口だな」
「……そっか。そうだね……」
そう言ってなんでもない距離に戻る体が、そんな選択をしたリヴァイが恨めしかった。止めたのはハンジだというのに。
五度目の夜は、それまでで一番リヴァイと密に接し、一番遠くに感じた終わりだった。
ほんの数日前のその出来事について、ハンジはそれから何度も自問自答した。
逢瀬の回数を重ねるごとにおかしくなっているのは、実はハンジ一人ではないのか、と。方法に若干の疑問はあれど、リヴァイは最初に提示した『胸をいじらせてくれ』という頼みを逸脱することはなかった。わかりやすく反応している場所を指摘されても「気にするな」の一言だった。
友人であるリヴァイの相談に乗って一肌脱いだだけだったはずのハンジが、今や彼の施しを受けることを望んでいる。叶わなければ急いて求めるような体になっている。
あの時だって、ハンジは「唇が触れなくて心底よかった」と喜んでよかったはずだ。唇同士のキスは、さすがに戻れなくなる。……どこにかはわからないが。
リヴァイはハンジにとって相も変わらず同僚で、同志で、戦友で友人だった。そう自分に言い聞かせる裏で、もう馬鹿な願いを無視することもできなくなっている。
(そうだ、って言って、してほしかった)
リヴァイが望んでさえくれれば、ハンジはきっと拒まなかった。あくまで胸を貸しているだけの自分が、その望みに値しない事実はひたすら苦しかった。
リヴァイは同僚で、同志で、戦友で、友人。そして紛れもなく、ハンジを溶かす男だったのだ。
夜を迎えるのが怖い。怖くて、待ち遠しい。没頭する仕事の合間に急に浮上してはせめぎ合う二つの感情は、混じり合っていて分かつことができない。
触れられる歓びと、触れられない苦しさに同時に襲われたとき、自分はどうなってしまうのだろう。
いくら考えても、答えは見つからなかった。