ただし果報は尻から得た
おかしな始まり方をするおかしな二人の話
ただし果報は尻から得た
おかしな始まり方をするおかしな二人の話
いま思い返しても、あの時二人きりだったのは幸いだった。
「太ったか?」
自分用の議事録をまとめ終え、会議室から退出しようとしていたハンジに、同じく室内の(本人曰く)簡単な清掃を終えて立ち去ろうとしていたリヴァイがそう言った。
ハンジの後ろ姿をとくと眺めての言葉だった。
「え、本当に? 体重に変動はないけど」
調査兵にとって、体型や体重の変化はそのまま立体機動に影響する重要事項である。それはハンジも例外ではない。
巷の女性が聞けば気分を害するかもしれないリヴァイの言葉も、それがまったき兵士の領分から発せられたことを知っていたハンジは、むしろ焦りを浮かべて彼を振り返った。
「訓練もきちんとこなしているつもりだったんだけどな……筋力が落ちた気もしないし」
「上に脂肪がついたってことだろ。少しは肉が付いてねぇと体がもたねえぞ」
ハンジの体にも柔い部分は当然あるのだろうが、それでも筋と骨が目立つ。リヴァイにはむしろ良い傾向に思えた。
「でもベルトの調整なんかがあるだろ。リヴァイ、具体的にどの辺が太ったように見える?」
「どこって、」
〝ここ〟だが。
と、リヴァイが手を伸ばして触れたのは、ハンジの臀部だった。
要するに尻だった。尻の左の肉だった。
「うわーそうか、そういえば最近下を穿く時ちょっとキツいかも……机仕事が多かったからかなぁ」
「自己管理くらいちゃんとしろ」
リヴァイのもっともな忠告は口調こそ鋭かったが、そこに込められた意味がひたすら仲間を想うものであることを察し、ハンジも「気をつける」と殊勝に返す。
リヴァイの右手は相変わらずハンジの尻に置かれている。当のハンジはそれを気にした様子もなく、他に質量が増した部分はないかと二の腕や背中を確認しはじめた。
「太ったことないから、自分の体のどこから増えていくのかわかんないな。ねえリヴァイ、他にも肉がついたところある?」
「いや……俺が見たかぎりでは〝ここ〟だけだが」
言いながら、その若干肉がついたように見える尻に指を滑らせる。
主に立体機動装置との摩擦を緩衝するために兵士たちが身につける腰巻きが、丸みを描く肉に沿って艶と光っている。反対にベルトから上の腰は、長年の鍛錬を感じさせるようにすんなりと上に登っていた。
「……お前、意外と腰が細いな」
「え、それってお尻が大きくなったからそう見えるってことか」
「そんなにデカくなったわけでもねぇよ」
リヴァイはハンジのベルトを引いて後ろを向かせると、ことさら示すように両手でその腰を掴んでみせた。
「おい、俺の両手で隠れるくらいしかねえぞ。こんなんじゃそのうち立体機動でぶっ壊れる」
「そんなぁ、リヴァイの手が人より大きいとかじゃなくて?」
「んなわけ……」
その次に己がとった行動、そのきっかけについて、リヴァイは今でも明確に説明することができない。
なんか腰の幅と比較したかったとか、そういうアレじゃないだろうか。たぶん。
──腰巻きを捲り上げて、現れたハンジの尻を、両手で思いきり掴んでしまった理由なんて。
「リ、リヴァイ?」
「……」
それまで普段とまったく変わりないやりとりをしていたハンジも、リヴァイの五指を後部で感じた瞬間はさすがに身じろいだ。
突然掴まれただけでなく、そのまま揉まれ始めまですれば、冷たく硬い尻をした石像だってそりゃ戸惑うだろう。
ただ、石像でさえ感じる戸惑いに対してハンジのそれが『友達に突然頭を撫でられた』の照れに近いものだったために、二人の道はその時から決定的に普通を離れ始めた。
「あの、あはは、お尻が珍しいのかい?」
ハンジが照れながら口にした言葉は、その景色と合わせて常人が見れば「気が狂っとんのか」と引かれるだろうものだった。
「……柔らかいな」
リヴァイの返答も合わせて、二人の姿は他人のいっさいがドン引きするのも確実なものになった。
そう、あの時二人きりだったのは、本当に幸いなことだったのだ。
精神にダメージを受ける人間が出なかった、という点でも。
**
「んっ……」
調査兵団の構成員は、多い時は三百余人、少ない時は百人程度までとその数の変動が激しい。
多い時を多いままに努めようとするのは勿論だが、こんな生業では死者や怪我人、脱退者も後を絶たず、兵団首脳はいつも慢性的な人員不足に頭を悩まされている。
話は変わるが、つまり兵舎の中には使える状態の空き部屋が常にいくつか存在するということである。
もっというと、そのとある一室で、リヴァイが剥き出しの尻に向かって必死に下腹を擦り付けていた。
壁に両手をつき、下衣を膝まで下ろして尻を丸出しにしているのはハンジである。日の光を受ける機会もない双丘はひたすら生白く、窄まった穴を持つそのあいだだけが、血の伏流を感じさせる暗い赤色をたたえている。
その谷間を、濡れた男の肉棒が行き来していた。
ぬち、ぬち、と、卑猥な音を立てて。
いきり勃つそれは、しかしハンジが曝け出す穴を犯そうとする様子はなく、ただひたすら尻の合間を上下している。と、リヴァイがハンジの尻を両手で掴みぎゅっと真ん中に寄せた。
指がほどよく埋まる柔さの肉に、硬く勃ち上がった別の肉が頭から下を包まれる。
「っ……」
リヴァイは鋭く息を吐き出したが、ぎちりと動きを止めたのもつかの間、再びハンジの肉で自身をこすりはじめた。
「あ、ぁ、っ、」
「おい、聞こえるぞ、外に」
「わかっ……てる、から」
壁についていた手の片方を口元に持っていくと、ハンジは手の甲を噛んで揺らされるたびに勝手に出てくる声を必死に押しとどめる。
これはレイプでもなんでもなく二人の同意で行っていることなので、もし淫らな行為を暴かれても罰を受けるのは二人一緒に、ということになる。幹部二人の爛れた姿態が誰かに見つかってはまずいだろう。
──そう、これは同意の上の行為である。
あの会議室での一件からどうしてそうなったのか、ハンジの頭脳を持ってしても他人がわかるように説明するのは非常に困難だった。
思うに、二人して脳を使わずに言葉を発していたのが原因だったのではないか。
リヴァイがハンジの尻の感触を「気に入った」とほざき、ハンジが「ふーん、じゃあ好きな時に触っていいよ」と状況の見通しをぶん投げたあの時。
『ここから変態』の看板を立てるなら、あそこを分岐としてに違いなかった。
許しを得たのを境に、リヴァイはハンジの尻を触り始めた。
ふと目についた瞬間に撫でる程度だったそれが、リヴァイの精神状態を反映して回数が増えていったのは、少し経った頃だ。
疲れたり、悩みを抱えたり、嬉しかったり、掃除が終わってスッキリしたり。感情がその色を変えるとき、リヴァイはとにかくハンジの尻を触るようになった。
時にはすれ違いざまに尻たぶを叩かれて怒りもしたが、概ねそれ以外でハンジが不快に思うことはなかった。
リヴァイの掌は分厚く、そしていつでも温かく、ハンジもその手に尻を包まれると体がほっと緩む気がしていた。
──恐らく、人のいない場所に引っ込んで、じっくりと時間をかけて触られるようになってから、おかしさが加速したのだと思う。
初めて壁に押し付けられ下着ごと剥かれた時は、さしものハンジも絶句した。
けれど肩越しに窺ったリヴァイが存外真面目な顔で尻を揉む姿に滑稽さを覚えてしまい、笑いを堪えて震えているうちになぜか彼も下を露出してハンジにそれを擦り付けていたのだった。
それからもう、何度目かのこんな有様である。
改めて考えてみても非常にイカれた軌跡だ。兵団きっての武と智と言われる二人が揃ってこれだなんて。
どうしてこうなった。
「ひっ」
つらつらと考えていると、不意にハンジの粘膜の上を熱が通り過ぎた。
ずるずると壁に沿ってさがっていた上半身のために腰から下が突き出し、それまで隠れていたハンジの女の陰を露わにしてしまったのだ。
リヴァイもハンジの反応に気づき、疼く下腹を無視して腰の動きを緩める。そして確かめるように竿の部分を押し付け、ことさらゆっくりと上下させた。
「おいおい……俺より濡らしてんじゃねえか」
「やっ、ばか、擦り付けるな……」
「お前が腰動かしてんだろ」
リヴァイが切っ先の向きを変え、上向いていたそれをハンジのしとどに濡れる女の谷間に潜り込ませた。
ずるんと差し込まれた丸い頭が、敏感な肉の芽の表面をつるりとかすめていく。
「あ、あっだめ、リヴァイ、なにやってるんだよ!」
「俺ばかりイイのも悪いからな……」
「いいってそんな気遣い、遠慮するよ……あ、や、だめ……」
いやいやと首を振るも、背後の動きはますます大きくなる。耐えきれなくなったハンジはほとんど泣きそうになりながら叫んでいた。
「だめだって――挿入っちゃうから!」
叫んでから、どうしてか「しまった」と青ざめる。リヴァイもぴたりと動きを止めた。
いや、これは正しい制止だ。
そりゃ挿入っちゃだめだ、当たり前だ。
妊娠する可能性がずっと高まるし、だいたい、挿入したらそれはもう完全なセックスになってしまう。
(……セックスになってはいけない、のだろうか?)
その自問に、ハンジは、だって、だって、と頭の中で必死に答えを練り上げる。
リヴァイが嫌いなのか?
(そんなわけない)
でもセックスはできない?
(それはけっして嫌いだからではなくて、してしまったら、むしろ、……)
「……絶対にいれない。約束する」
ハンジが次に何かを言えば、二人の今後はそこで決まっていたのかもしれない。しかし、熱を凝らせたリヴァイはそれを待ってはくれなかった。
彼はハンジの体を背後から抱きしめると、柔らかくて熱くて、ぬるぬると濡れそぼったあいだに自身をひたりと沿え、間髪入れず激しく抜き差しし始めた。
ハンジの脳内が、一瞬で赤に染まる。
「ん、あっ、あ、リヴァイっ……っ!」
「はぁ、……ふっ、」
背中にリヴァイの口が埋まり、体内にまで届けるように熱い息を吹き込んでくる。熱病の症状に近い寒気を全身で感じ、ハンジはぞくぞくと震え上がった。
本当は、この吐息をもっと近くで吸いたいと思うこともあった。
熱い塊でもみくちゃにされるのが、尻ではなくてもっと奥だったら。
揺らされて勝手に尖ってしまう胸の先を、リヴァイの指が弄ってくれたなら。
ぐう、と大きくなったリヴァイを、その熱と硬さと勢いを、いつもよりもっと如実に感じたハンジは、ワガママで馬鹿な自分の体の願いをほんの少しだけ叶えてやることにした。
リヴァイが下腹を尻に打ち付けた瞬間、抱きしめるように、きゅう、と下半身に力を込める。狭まった脚のあいだでリヴァイの熱が戦慄いた。
「っーーハンジっ……!」
「う、ん"……!」
リヴァイは限界の寸前で膨張を抜くと、はくりと動く先端の口をハンジの尻に突き刺すように擦りつけた。滑らかな皮膚と弾む肉に包まれ、とうとう精液が噴きこぼれる。
射精はアホみたいに長かった。
何度も震えて、みっともなくしごいて、ようやく欲望を出しきったリヴァイが身体を離すと、ハンジの腰から下は満遍なくぬるついた粘液がしたたり足にまで伝うほど汚れていた。
出したリヴァイ自身ですら、うわ、と思う量だ。
今まで何度かハンジの尻で気持ちよくなった彼だが、こんなにも噴いたことはなかった。
ハンジの濡れた襞がまるで舌のようにリヴァイの大事な部分を舐めしゃぶるものだから、しかもそれがあまりにもいやらしかったものだから、三十路の下半身がつい童貞に立ち返ったのだろう。
そう自分に言い聞かせるも、血を透かして赤くなった丸みを白濁がどろりと滑り落ちていく様や、上半身と膝から下は男女共通の兵服を纏いながら、明らかに女の下半身だけをむき出しにしたハンジの痴態を見た途端、欲をすべて吐き出した筈のそこが再び熱を持ったのを感じて慌てて目を逸らす。
早く歳をとれ俺、と意味不明なことを考えながら、リヴァイは懐からハンカチを取りだして汚れたハンジの肌に触れた。
ちなみにこんなことを始めてから予備用に二、三枚持ち歩くようになったハンカチだが、周囲は「兵長って本当に潔癖ですね」と言って違和感すら覚えていないらしい。
潔癖どころか汚すことに夢中になっているのだが。
「おい、大丈夫か」
「……っ」
見た目は綺麗にし終えた後、未だ壁にすがって震えている背中を労うように撫でる。すると、その身体がびくりと跳ね上がった。
窓から差し込む日の光に、汗ばんだうなじが浮かび上がる。叩かれたように真っ赤だ。
気づけば、その肩を掴んでいた。
振り向かせたハンジの顔は、上気した目元を涙で、腫れぼったく膨らんだ唇の端を涎で、そして赤らんだ額や首元を汗でぐしゃぐしゃに濡らしたひどいものだった。
さがった眉の下に非難するような、それでいて縋るような瞳を見た瞬間。
リヴァイの胸が、音もしそうなほど激しく引き絞られた。
最中よりも、欲望に塗れた肉を前にした時よりも、何よりもいやらしくてたまらない気持ちに突き上げられる。
一瞬にして唾液が湧き、またもずくずくと腹が蠢き始めた。体は明らかに興奮して、それに沿おうとする意思さえ自覚できた。
なのにどうしたことだろう。
持ち上がったリヴァイの腕は、驚いたことに、その意思とはまったく違う動きをしたのだ。
ハンジの乱れた髪を撫で、その頬を包んで温めるように指を滑らせるという甘ったるいことを。
リヴァイは下からハンジの顔を覗き込み、目を見て、囁くように問いかけた。
「ハンジ……イッたのか?」
「……ばか……」
「俺は上手くやれたらしいな」
「や、さわんな、で」
「拭くだけだ、おとなしくしてろ……」
粘液を尻から拭い去ったハンカチを躊躇なく床に落とし、新しいものをハンジの顔にあてる。さりげなく腰を抱いていた片手で肩甲骨やうなじを揉むと、ハンジが小さく喘ぎながらリヴァイに体を預けてきた。
その手が子どものようにリヴァイのジャケットを握りしめる。
自分が真っ二つに割れているようだと、リヴァイはハンジを抱きながら天井を仰いだ。
ハンジはまだ半裸のままで、リヴァイの半分はそれをもっと脱がしたいと切望していた。
もう半分は、きちんと服を整えてやって、ぐしゃぐしゃの顔をあやしながら綺麗にしてやって、どこかに腰を落ち着けて茶でも淹れてやりたいと思っていた。
どっちが本当の自分なのかさっぱりわからず、とりあえずそのままハンジを抱きしめ返す。
そしてふと気づいた。
(そういや、正面からこうして抱くのは初めてだ)
気づいて、それから、リヴァイはその気づきよりも強く思った。
『これで最後にはしたくない』と。
混沌渦巻く己の中から、一際眩しく光る願いを掬い上げてみれば、そんな単純なことだったのだ。
「ハンジ」
「なに……?」
「悪いが、ちょっと大事な話をする」
大事な話をするタイミングとしては、尻を散々いじって素股でやりきった後なんてきっと最悪だろう。
唾を吐かれてもしかるべきだと思う。けれどハンジがなんの疑いもなく頷いたのを見て、リヴァイのそんな罪悪感は篭った空気の中に埋もれていった。どうせあとを決めるのはハンジだからだ。
随分と遠回りをしてしまった。
特異な始まり方のせいでもあったし、それを正すだけの常識が二人に欠けていたせいもある。
リヴァイもハンジも大概頭がおかしくて、そんなふうに頭のおかしい二人だったから、あの時以外であれば常識的な方法で始まっていたのか、それはリヴァイにもわからない。
もしかしたら一生気づかなかったかもしれない。少なくともリヴァイは、今日ここに至るまでまったく気づかなかったのだから。
そうだ。
あの時、奇特な二人が二人きりだったのは、まったくもって幸いなことだったのだ。
リヴァイが耳元で囁いた何事かに、ハンジがどんな答えを返したのかは──
初まりと同じく、二人しか知らない。
〈了〉
(初出 18/03/01)