【身長差カップル】 …原作/±10センチに見る想いの話
【身長差カップル】 …原作/±10センチに見る想いの話
ねぇ、怒らないで聞いて欲しいんだけど。
あなたの背がうんと高くなる夢を見たんだ。
目覚めてしばらくは意味がわからなくて、「一体全体、私の中のどんな欲望がそんな夢を見せたんだ?」なんて途方もない問いを繰り返していたんだけど。
考えているあいだ、妙に鼻が痛いことに気づいたんだ。
そこから答えに辿り着くのは早かったよ。
私たち、さっきまで抱きしめあって眠っていたね。
あなたの胸に深く顔を埋めた私と、私の頭にきつく腕を回したあなたとで、隙間もないほどにぴったりとくっついて眠っていたね。
それはさ。あなたと私が、地上に両足の裏をつけて立つ限りは叶えられない姿なんだ。
おかしな夢を見たのは、そのせいだったんだよ。
聞いてよリヴァイ、本当におかしいんだから。
夢の中のあなたはうんと背が高くて、たぶんモブリットよりも高くて、エルヴィンやミケほどの身長があったんだ。想像するのも難しいよね。
え、正確な高さ?
ううん。わからない。顔が見えなかったから。
人間の視野って案外狭いんだ。意識に大きく左右されてしまうから。
目線の高さより上にあって、意識して見上げなければ認識できないモノなんかは、頭の中からたびたびいなくなってしまいがちなんだよ。
現実の私はそうだろう?
夢の中の私もそうだったよ。
あなたをたくさん見失ってしまった。
目覚めてからしばらく自問自答を繰り返して、妙に鼻が痛いことに気づいて、それが私の頭にキツく腕を回して、自分の胸に私を抱え込むあなたのせいだってわかった時。
「この人を選んだのは必然だったんだ」って、納得しちゃったんだ。
だからね。
寝顔に勝手にキスしたこと、どうか許してほしい。
酒に酔っても、酒以外のものに酔っても、境界線を踏み外すことだけはしないように、と。
そう鍛えられたハンジの脳と俺の体は、窓の外のはるか遠くに朝がやって来る前に、初めての夜の火が残る寝床からあっさりと離れた。
「怒らないで聞いて欲しいんだけど」
普段の馬鹿でかい声に慣れた耳は、ハンジのその囁きを拾うのに少しだけ苦労した。
斜め後ろから眺めたときの耳の裏の凹凸。顎の骨が描く線。視線をわずかに下向けたときに現れる、重たい睫毛の陰り。
俺の目線でしか知ることのできない女の絵が細やかに動いて、暗い部屋の中でほのかに光りさえする。
並んで朝日を受けることはできない。けれど、俺にはその眩しさで十分だった。
扉の向こうには終わりが迫っていた。
ここを越えれば、二人だけの二人は、兵士たちの喧騒と日常の明光の中で限りなく薄くなっていく。
「寝顔に勝手にキスしたこと、どうか許してほしい」
ハンジは振り向いてそう言った。
お互いに交わせるもの、交わせる時間に限界があるのならば、そのすべてを覚えておきたい。そう思っていながら俺の預かり知らぬところで犯してしまった行為について、ハンジは真面目に後悔していた。
冷えた手をとり、目を合わせたまま骨ばった甲に口付ける。
赤らんだ肌は美しかった。
ハンジが、たった十センチのマイナスのために『あなたを選んだのは必然だった』と言うのなら、俺がハンジを選び続けるのもこの距離のために必然なことなのだろう。
永遠ではない時間、ここだけの二人の場所で。
跪くこともなく、己の女に忠誠を誓うことができるのだから。
結んだ指を解いて、再び誰かの前で隣り合う時。
二人の距離に宿るものは、——俺たちだけしか、知らない。
〈了〉
(初出 18/06/22)