ふたりの季節の話 …原作/噛み合わずとも思い合える話
ふたりの季節の話 …原作/噛み合わずとも思い合える話
顔をあわせるたびにむずむずと困ったような目で見てくるので、限界だった。
「……リヴァイ、なにか悩みでもあるの?」
人気のない裏庭でそれとなく二人きりになり、さて「その糞が詰まったような表情はなんだ」という疑問をどのように伝えたものかと頭をひねっていたリヴァイは、逆にハンジが問いかけてきた言葉に呆気にとられた。
「悩み? なんのことだ?」
「だってあなた、朝からずっと奥歯に何か詰まったような顔してるんだもの……何かあったのかなって」
なるほどそのまま聞けば良かったのか。リヴァイは心中で頷いた。ハンジの疑問はそのままリヴァイの思っていたことだったので、彼はそれをそっくりそのまま返すことにした。
「それを言うなら、お前こそ朝から糞が詰まったような顔してただろう」
「私が?」
ハンジが首を傾げる。思い当たることはないらしい。だったらなぜあんな表情でリヴァイを見ていたというのだろう。
「うーん……別に悩みなんてないけど。リヴァイが会うたびに変な顔するからそのことばかり考えてたし」
「変な顔言うな」
「ほら、私って気を遣うべきところでずけずけと本当のこと言っちゃうところがあるだろ? 迂闊に尋ねてあなたの悩みをさらに深めたりなんかしたら嫌でさ」
「……それを〝気遣う〟と言うもんだと、俺は思っていたんだがな」
考え事をする時の癖で顎を撫でていたハンジが、リヴァイの言葉に一瞬だけ動きを止める。そしてほんの少し顔を赤くしてはにかんだ。
本心を伝えようとするほどぐにゃりと曲がってしまうリヴァイの台詞は、今までのところ、本心を伝えようとする相手にはきちんと伝わっていた。
だから、それでいい。
面映さからかあらぬ方向に視線を投げているハンジの横顔に、今朝からの憂いはもう見当たらない。
何が曇りの原因だったかはわからないが、ハンジ自身にもわからないのだからしょうがない。晴れたか否かが肝心なのだ。リヴァイは満足げに息を吐いた。
ぽつぽつと花をつけ始めた木の枝々の間を、春の薄い陽光が滑り降りていく。この時期、暖かくなる予感ばかりの気温が色づき開いていく花弁を脅かすように下がることもあるのを、『花冷え』というのだとリヴァイに教えたのはハンジだった。
「……ってそうじゃなくて‼︎」
「なんだ急に」
ハンジの突然の叫びに、屈強な兵士であるところのリヴァイは肩をびくつかせた。ハンジといると花冷えどころじゃない。吹く風は春も冬も雨も雷も含んで、ひたすらにやかましい。
「私が聞きたかったのはあなたのことだよ。……ねえ、なにか悩みでもあるの?」
先ほどの笑みから一転、ハンジは眉を下げた情けない目元でリヴァイを覗き込んだ。リヴァイは含みを持たせないよう絶妙なタイミングで首を振り返す。
「悩みなんてない」
「本当に?」
「今はどうだ? 俺は糞が出ねえって顔してるか?」
「……ううん。してない」
「ほらな」とリヴァイが肩をすくめてみせてようやく、ハンジは乗り出していた体を元の位置に戻した。それから小さく「よかった」と呟いた。
口端がリヴァイの一番気に入っている位置で止まって、眼鏡越しの微かに細まった目は満開の花より芳しい何かを運んでくる。
ハンジといると花冷えどころじゃない。
吹く風は春も冬も雨も雷も含んでひたすらにやかましい。
そして甘露と香りとをもたらし、リヴァイをけっして離さない。
二人は兵舎に向かってのんびりと歩き出した。鳥の鳴き声が背中を追ってくる。空の青はいずれ濃度を増すだろう。
冬を抜けて夏に往くまでの一つの季節を、リヴァイとハンジは歩いていく。
「それにしても、同時に勘違いするなんて変なこともあるもんだね」
「春だからな。天気も落ち着かねえから人間もそうなんだろ」
「うーん、私はあなたといると、わりといつもそうだけど」
「あ?」
巡る周囲の真ん中で、二人は不意に見つめ合う。
誰の耳にも聞こえぬ風が、並んだ肩を優しく撫でていった。
〈了〉
(初出 18/03/24)