境目はそこ …原作/狭間に想うことの話
境目はそこ …原作/狭間に想うことの話
リヴァイには朝と夜の境目がわからない。
太陽の出現と消失とを、はっきりと見ることができない場所で育ったからかもしれない。
他人が揃って眼を瞑る時間に、まんじりともせず闇を見つめているからかもしれない。
泥が少しずつ洗われるように明るさを得てはまた汚れてを繰り返す空は、リヴァイの目にはどこまでも昨日や明日とひと続きで、体は一日の感覚を空腹の頻度で判断するだけだった。
「日も昇ってないのに早朝なのか」と、ハンジに聞いてみたことがある。
興味一色に染まった顔はリヴァイを虹彩すべてに映して、「言葉が適当ではないってこと?」「どこから朝なのかってこと?」と質問を繰り返した後に微笑んだ。
「確かにそうだね」
返ってきたのは同意だった。
それからハンジは、季節によって日照時間が違うから時刻では定義できないし、だとか、でも巨人は夜になると活動をやめるのが定説だし、だとかを論じた後、最終的に「いや! それだってはっきりと検証できてない以上個体差があるかもしれない!」と真面目な調子で話を締めくくった。
ので、リヴァイの疑問は疑問のまま終わってしまった。
リヴァイには朝と夜の境目がわからない。
誰かが意味づけて引いた線を、頭から受け入れて踏み越えることができない。
だから、ぐしゃぐしゃの髪の毛をひとかきして音もなく体を起こし、振り返った先のサイドボードで見つけたそれに対しても、長年苦いものを抱えたままだった。
もう一度、荒れた髪の頭部を見下ろす。
数時間前の妄りに乱れた名残を残すそれは、けれど静かに眠る女のために、リヴァイに再度の熱を起こさせたりはしなかった。
指を差し込み、絡まりやほつれを手櫛で梳かす。眼を覚まさせない強さで。聡明な脳の入れ物を掌で囲み、頬まで滑らせる。閉じられた目と目の間の、鼻の付け根の脇に指を這わせると、わずかなへこみを感じた。
最初にそこに触れた時、長くかけていると凹んじゃうものなんだよ、と教えたのはハンジだった。
かけたままこちらを映す時、その瞳には甘さがない、と気づいたのはリヴァイだった。
レンズで世界を隔てる瞬間、ハンジはそこに境目を生み出す。意味を作り上げるのだ。
リヴァイは再びそれに対峙した。
鉉を摘み、無音を努めながら持ち上げる。余った指でベッドサイドボードの引き出しを開け、そこに苦味の元凶を落とすと、薄い隙き間を残して閉めなおした。
暴れた振動で滑り落ちたことにすればいい、と言い訳を考える。
リヴァイが口で勝てない唯一の女は、裸で致すことに話が及ぶと途端に黙してしまうから、きっとそれ以上訝しむこともないだろう。
起こした体を横たえ、隣の温度を抱きしめる。そして眼を閉じた。
瞼裏は薄明に灰ばんでいた。
リヴァイは、女がようやく鮮明な輪郭を取り戻す時まで、そこを夜のままにすることにした。
〈了〉
(初出 19/03/07)