とりあえず生で
駆けつけていっぱいになりたい二人の話
とりあえず生で
駆けつけていっぱいになりたい二人の話
いらっしゃい。入って入って。好きなところに座ってよ。
ご飯はもう食べた? 一応お酒もあるけど。
あ、いらない? そうか。
それじゃあ……まず何にする? とりあえず、
「ナマで、だ」
いつのまに背後に立ったのか、首筋に温かい息がかかった。低く抑えられた声は雑多にヤスリをかけたようにざらつきを隠せていなくて、体のどこにも触れられていないのに、あっというまにハンジの腰をくだかせる。ゴクリ、と唾を飲み込み、ハンジは振り返った。硬まった口角を無理やり上げて「まあこっちは慣れてるから」とでも言うように小首を傾げてみせる。
「生ね。ご注文は以上で?」
客は何も言わなかったが、それは了承の意味であることをハンジは知っていた。
「やだ、も、っとぉ……!」
「チッ……注文の多い女だな」
そっちこそ揶揄が多い口を歪ませて、リヴァイが半身を起こした。ハンジのそれなりに重いはずの両脚をガバリと持ち上げて、上半身に着きそうなほど折りたたんだかと思うとまたぐっと前のめりになる。一連の動作が刺激になって、ハンジはリヴァイとつながった部分をぎゅうと締めつけてしまった。あとはもう、小さな爆発の連鎖だ。
「あぅっ、あ、はっ」
「ッ……」
リヴァイが息をつめたのは一瞬だった。すぐに新しい体位での挿出が始まり、ハンジの脳まで掻き回す。口端からはよだれが、まなじりからは涙が飛ぶ。
「ぅ、や…っ あーっ! あっあっぁっ」
尻を潰す勢いで腰を打ちつける男に、下になった女の体は健気に啼きつづける。好きこのんで媚びた声をあげたいわけではないのだが、腹や肺が押されるたびに勝手に出てしまうのだ。
「いっ、イク、っいっちゃう……!」
追い詰められる感覚に息も絶え絶えに訴えれば、あれほど激しかった攻撃がピタリとやんだ。かわりに深々と埋まった肉棒をねっとりと引き出され、ぐちゃぐちゃの谷間や赤く腫れた陰核を亀頭でぐにぐにと弄られる。
「ね、もぉ……! なにやってんの……」
「根元までお前の汁で汚れちまった」
「……君の先走りでしょ……」
「あ? 穴の奥から散っ々濁ったもん垂れ流しといて何言ってんだ」
「あっダメ! 指いれないで……!」
長さも太さもある指でイイところをぢゅこぢゅこと擦られて、抜けたと思ったら今度は剥き出しの陰核をつねられる。あっけなく潮を吹いてシーツを汚したハンジに、咎めの言葉をかけるどころか「頑張ったな」と褒めるかのようにしつこいキスをくれる。
いちいち触れる粘膜や肌は自分のものじゃない熱を宿していて、ハンジに向かって、リヴァイの存在を否応なしに証明する。
ひどい、ひどいひどいひどい。なんてやつだ。
確かに、好きに体を使っていいよって言ったけど。ちゃんと代償に研究にも付き合ってもらってるけど。
こんなふうに、過剰に気持ちがいいっていうのは違うんじゃないだろうか。
「……」
「……オイ、そこは触るな」
「リヴァイだって……私のおっぱいさわるだろ……」
「いちいち反応するからなお前は」
「っ!」
二つの膨らみの頂点をきゅっと絞られて、二本の指のあいだでくりくりと転がされた。口を覆って耐える様子に興奮が増したのか、リヴァイの揉み方のバリエーションはあっというまに増えて、ハンジはまた、胸だけであっけなく頂点を見せられた。おぼろな視覚で睨んだら、今度こそ〝こっち〟で悦ばせてやる、とばかりに先っぽを埋められる。
ドクドクと脈打つ腹をもう一度いっぱいいっぱいに埋められてからは、本当にもうめいっぱい奥をいじめられた。そこは命の入口であり出口だ。そんなところに熱心に口付けられて、これじゃあ、子どもを作る行為そのものだと錯覚してしまう。
「あ"っ、イく、イぐっ……リヴァい、りばい!」
「は、……まだだ、一番奥で出すからな……!」
ダメダメ、ダメ。そんな言い方するなよ!
懸命に身を捩ったら、リヴァイがぐっと動きを止めた。中のものがビクビクと一際大きく動いて、ハンジの腹底の、一番安全なはずの場所に子種を注ぐ。体全体に弾ける感覚が走って、快楽物質の奔流があとをつぐ。ピンと体を弓なりにしてハンジもイッてしまった。
「……やっ……ダメ……」
数十秒だか数分だかの時間が経って、ようやく拒絶を声にできたというのに、よりによってリヴァイは疲れと呆れの表情を浮かべた。涙目で睨みつけたら脚を叩かれた。
「がっちり巻きつけといてダメはねぇだろ」
「こ、これは……きもちよすぎて、勝手に」
「……やめろ」
「え、あ」
「クソ、」
「あっ……」
むくむくと大きくなりなおしたものに、下降に向かっていた脈拍数が再び上昇する。体温が上がって、汗が噴き出して、喉がゴクリと鳴って。
ハンジの体は、どころか心も準備万端だった。なのに。
「……できる分でいいから、体拭いとけ」
「えっ、ん、んっ!?」
了承もなしにズルンと抜け出したリヴァイは、ハンジが勢いで漏らした残滓にも目をくれず、手早く衣服をかき集めるとさっさと浴室浴室に引っ込んでしまった。
「……はぁー」
とてつもなく良かった性行為の余韻でも、一晩の役目が終わった達成感でもなく、物足りなさへの不満に塗れた溜息が、予想以上の大きさで部屋に響く。
最近はいつもこうだ。
「私の個人的な研究(未申請未報告費用自分持ち)に付き合ってくれないか!?」とリヴァイに迫って、あれこれと提示した条件も全部蹴られて、苦し紛れに絞り出した「この体も好きに使ってくれていいから」を拾われて始まった時間だったものの、少し前までハンジがリヴァイを呼び出して「さて、今日は何にする?」と問いかければ答えは決まって「適当にヌく」で、やることといえばせいぜいがペッティング程度。
好きに使うって、つまり性欲処理か。けれどこれは果たして処理しきれているのか? などと疑問に思えど、ハンジは殊更リヴァイに訊ねることはしなかった。簡単に済むならそれでいいと思っていたからだ。
——はて、どこで変わってしまったんだっけ。
初めて挿入されたのは壁外調査の後だった。リヴァイはあれでいて、自らの行動に伴う責任について常日頃から消極的に思考している人間なので、まったくの刹那的な衝動でハンジを抱いたわけじゃないだろう。
そもそもの始まりだって、捨て身で変な要求をしてくる同僚の自分をリヴァイが哀れんだからで、けっして「体を好きに使っていい」に釣られたわけではないのだ、とハンジは考える。彼は存外表情がわかりやすいのだ。
だからハンジは、今のリヴァイが何かを隠していることもわかっていた。それが何かまではわからない。知る術もわからない。世界に開かれるべき事実ならどんな手を使っても知りたいと、秘密を抱える人間にいくらでも肉薄してきたハンジが、だけどリヴァイにはそれができないでいる。
兵団やハンジの研究に関わる重大なことならリヴァイはとっくに話しているはずだ。それをしないということは、まったきリヴァイ個人が秘めていようと決めた、まったきリヴァイ個人のことだということになる。それを明かされるだけの信頼も信用も、ハンジにはないということなのだ。
彼の言うことだったら、何でも受け入れてみせるのに。
唇が尖りそうになるのを、ハンジは頭を振って追いやった。
とにもかくにも。リヴァイの含むものがどうであれ。
今のハンジは物足りなかった。
口や手で慰め合ってのぼりつめいていた過去なんて遥か後方。一晩にたった一度だけ体液をほとばしらせて、弱いところを擦り合う現在にハンジは不満を持っている。だって、リヴァイの肉体は明らかに興奮を持続させていた。処理すべき性欲を保ったままだった。どうしてそれをこの体で晴らしきってくれないのだろうか。
ハンジがのろのろと起き上がって、とろとろと体を清めて、精液を拭った布は保存して、ゆるゆると髪まで結ぶあいだ、リヴァイは扉の向こうで音一つ立てなかった。
その気遣いさえ、ハンジを沈ませるには十分だった。
**
「……」
眼輪筋で目玉でも潰そうとしているんじゃないかと他人が憂うほど、リヴァイはキツく目を閉じていた。頭の中を飛び交うのは反省、反省、ただそれだけ。
また抱いてしまった。また挿入してしまった。また中で出してしまった。あとキスもしてしまった。ハンジ・ゾエという稀代の変人をさんざんっぱらナかせてイかせて、次を期待する眼差しまでさせて、なのにびっしょびしょの穴を放り出してベッドの上に置いてきてしまった。
厳密に言えば、リヴァイは後悔していなかった。今晩実際にやってしまったこと、もっと言うとここ最近いつもやってしまっていることの大半に関しては、「やりたい」という明確な欲望と、「やる」という決定的な意思を持って行ったことだからだ。
リヴァイがしているのは反省だった。腹に含んでいる思惑を叶える瞬間が、今夜の今までの、あちこちにあったのではないか、と思い返している。
「お前もうアレだ、一旦俺のものになっとけ」と、ハンジに、どこかで言えたのではないかと思い返している。
ハンジ・ゾエは、頭の中身こそ空みたいにだだっ広くて掴みようがないと思える人間だったが、実際は心の端っこをつまんで引っ張ればあっけなく地面に膝をつくし、体なんてもう脇どころか全部甘くて隙しかないようなほつれ具合で、始めこそその存在を警戒していたリヴァイにすら、関わる時間に比例して呆れと心配を多く抱かせる女だった。
「リヴァイの体組織を採取していろいろ……試してみたいことがあるんだけど」と興奮気味に持ちかけられた時はやはり戦慄し、詳細を聞いて震撼はしたものの、貞節をぶっ飛ばした「私の体も好きに使っていいから」に少しだけ苛立ち、だったらと要求してあっさりと捧げられた肉体にいよいよ真顔になった。
コイツはダメだ。ほっとくと死ぬ。巨人に殺されるならまだマシだ。悪い奴に搾取されまくって、ボロ布みたいに捨てられて惨めったらしく死ぬ。そんなことは……到底許されることではない。
義務感で始まった夜は、けれど長くは続かなかった。街の男みたいに服の上から紳士的に触れて、可愛く喘がせて、まあ適当に出す程度だった頃の自分を、正直、リヴァイはもう思い出すことができない。
一度だけ、ハンジから誘われた夜があった。
壁外調査の後だ。リヴァイもハンジもそれぞれの持ち場があって、それぞれに背負った責務があって、だからその日のハンジが抱えていた正負の感情をすべて正しく読み取れていたわけではないが。とにかく。
「今日は何にする?」
急に部屋の前に現れて、下手くそな笑顔でハンジはそう囁いた。リヴァイがつい、見目にも温度が低そうな腕に触れてしまうと、その途端、強い力で掴み返された。そうして艶々と光る眼を間近にして請われたのだ。
「いつもと違うことしようよ。……お願い。して」と。
リヴァイはたった一言、こう答えた。
「ナマで」と。
翌朝のハンジは、それはそれは爽快な顔をして部屋を出ていって、また臆面もなく邁進し始めた。そうして「もしかしたらすっかり忘れちまったかもな」なんて柄にもなく視線を俯かせていたリヴァイの前に再び現れたと思ったら、以前に輪をかけて不健全な面構えで「今日は何をする?」なんて訊ね始めた。
それからというもの、リヴァイは幾度となくハンジを抱いた。服なんて脱がして脱いで、触るだけ触って、契約を理由に抱きまくった。一晩に一度だけ、というルールを自分に課したのは、一方的で哀れな想いを抱く男のせめてもの矜持だった。
とっくにわかっていた。
ハンジは一人でも生きていける。心の端っこをつまんで引き摺り下ろしたって、またすぐに飛んでいけるし、搾り取ってやろうと近づいてくる悪漢の睾丸をむしり取って「牛の玉だよ」と別の悪漢に売り飛ばすくらいはする女だ、たぶん。わかっている。
つまんで引き摺り下ろす前に目の前にふらりと降りてきて、「お願い」と乞うてきた女に。たった一晩だけの縋りつきに、「ずっと俺だけならいいのに」なんて途方もないことを願ってしまったのは、まぎれもないリヴァイだった。
そうだ、その前提に立つならば、言うべき台詞は違ってくるだろう。
ようやく思考をまとめたリヴァイが浴室を出ると、シーツにくるまったハンジが、さもふてくされた様子でベッドの上に丸まっていた。「事後にするツラじゃねぇだろうが事中にするぞコラ」などと苛立つまもなく、のそのそと起き上がった体がリヴァイに向き直る。
「ねぇ、私ってそんなに頼りないかな」
「……分隊のアタマ張ってるやつが何言ってんだ」
そうならいいのに、と願う愚か者はリヴァイだけだ。
「ああ、いや、違うんだ、そんなことが聞きたかったわけじゃなくて……その……」
「どうした」
「えーと……ずいぶん長い時間こもってたけど、何してたの?」
「処理だ」
「処理」
つ、と下がった視線がどこに向いてるかなんて、追うまでもなくわかる。
「……それを〝私で〟処理しない理由は、君が隠していることと、何か関係があるのかな」
リヴァイは思わず唸りそうになった。さすがはハンジ・ゾエ、類まれなる観察眼の持ち主。吹けば飛ぶような男の矜持なんて、この女の前で、一体なんの意味を持つのか。
「ハンジ。俺をお前のものにしてくれ」
霧が明るく晴れたような視界の中、リヴァイは、一息でそう言いきっていた。
ポカン、と呆けた顔を見つめ、ずり落ちたシーツの下から意識を逸らす。
「……リヴァイ、君、……私のものになりたいの?」
「そうだ。ずっとそう思っていた」
「ずっと?」
「そうだ」
正確に言えば、逆だ。ハンジを、自分だけのモノにしたい。けれど『惚れたほうが負け』なんて日に褪せた格言を持ち出すでもなく、リヴァイはハンジの前に跪くことができる。それはつまり、そういうことなのだ。
「それって、」
目を丸くしたまま、ハンジが前のめりになる。
「交換条件とかなしに、好きな時に、好きなことを、君に要求していいって……そういう意味?」
「要求するだけならな」
「要求するだけだとしても、いいってことなんだね?」
「ああ、そうだ」
それだけのことを、さも大切そうに反芻して。
キラキラと瞬く瞳を、無理に作らずとも綻ぶ口角を、淡く色づいていく頬を、目の前にして。反応しない男がいるだろうか。そりゃあいるだろう。けれど、リヴァイはする。
「……あ」
むくむくと勃ちあがったそこにめざとく気付いたハンジは、何か考えるそぶりをした後、リヴァイの手を掴んで強く引いた。リヴァイもリヴァイで、引かれた手をよすがにベッドに乗り上げ、シーツをまくり、裸のハンジの前に行儀よく座り込んだ。
縋るような視線を受けて、ゴクリと唾を飲み込む。
「……今日は、」
口を開いたのはリヴァイだった。だってきっと、ここから始まるに違いないから。
「——何にする?」
いつもの台詞を受けて、ハンジが、ぎゅう、と目をつぶる。それからうっとりと瞼を持ち上げた。艶々と光る眼球に、リヴァイは喜んで飛び込んでいける。
「……とりあえず、ナマで」
開かれた脚のあいだに腰を沈めて、奥の奥まで入り込んで……囚われたリヴァイは、耳元でハンジの声を聞くのだ。
「何度でも、……君の好きなだけ、ね?」
〈了〉
(初出 22/11/26)